朝の7時20分、息子からラインが届いた。
「定期駅まであったんですけど、
学校に着いてなくなってることに気づきました
やらかしましたどうすればよいでしょうか」
???
(いま書いてて思ったけど、怒られへんように、
AIで丁寧語に変えてと頼んだ!?)
もー、昨日の夜、言ったやん。
今日は、文化祭。
息子が、
「斜めがけのポーチで行こうかな」
と言っていた。
携帯と、お財布と、定期。
私は思わず、
「それ、落としたらあかんから、
いつものリュックで行ったら?」と言った。
今朝、息子は、
いつものリュックで出かけていった。
それでも、ラインは来た。
ほらーーー!!
……とは、ならなかった。
あれ?
落とさないように、リュック勧めたのに。
なんで?
起こる現実は、どっちみち同じなのか。
あのラインでは、
どのあたりで、いつ、どうやってなくしたのか、
まったくわからない。
なくした定期を、私は探せない。
「ママは何もできません。
先生に聞くなり、自分で対処してください」
と送信した。
画面が、静かになった。
しばらくして、
定期を止める方法がわかるURLだけ、送った。
あとは、息子の仕事。
どこで落としたのかも、
今どうしているのかも、わからない。
少しして、
「あったあああああああ」と
「ありがとう」のスタンプが届いた。
どこで見つかったのかも、
結局、わからない。
ここまでなら、
うまく対応できた朝、で終わる。
でも、ハッとした。
昨夜の私は、
まだ起きてもない現実を心配して、
先回りした。
いつもなら、
ほらまた!!
スマホ見ながら歩いていたんでしょう!!!
って怒っていた。
今日は、怒らなかった。
探しにも行かなかった。
困っている子どもを助けることと、
子どもの仕事を代わりにすることは、
同じじゃない。
「どうすればよいでしょうか」
その答えを、
今日は、息子が持っていた。
子どもが困っているとき、
私は、誰の仕事をしていた?