どこを向いて進むのか | 2016年F1と私と…

2016年F1と私と…

F1にまつわることを日々の生活に関連付けてゆらりと綴ります。

こんにちは!お久しぶりです。

最近、寒い日が続いております。
インフルエンザや、風邪を引いたりしていませんか?
体調には十分と気をつけましょう。
暖かな春も目の前です。

そして、みなさん覚えていますか?
5年前の3月11日。
そう。東日本大震災が起きた日です。

私は、5年前の3月11日、ここ、関東で生活していました。
その日私は、YOGAのレッスンに朝から行き、レッスンが済み、ちょうど家に帰ってきていました。
震災発生時刻、14時46分。
家には、私と祖母の2人でした。
あの、揺れが始まったと同時に、私は、とっさに玄関のドアを開け、祖母のところへ。祖母は、立ったまま仏壇の柱にしっかりとつかまっていました。
そして、祖母は私に向かって「トイレに隠れなさい!」といいました。私は、一目散にトイレに駆け入りました。
関東での被害は、私の知ってる限り、YOGA教室のスタジオのガラス鏡が割れてしまうほどの衝撃だったといいます。私の家族は、全員無事でした。

なぜ、私が”とっさに玄関のドア”を開けたのか。なぜ、祖母が”トイレに隠れなさい”といったのか。”仏壇の柱にしがみついた”のか。それは、承知の通り、安全確保のためです。
地震があったときはまず、玄関のドアを開ける→逃げ道を作るためです。そして、安全な場所に身を隠すことです。


私も、東日本大震災のこと、忘れません。そして、原子炉建屋で奮闘した方たちに敬意を称します。自然の摂理の地震という魔物。それに立ち向かう勇気。人間にしかできないもの。守るべきもの。なければならないもの…。

何日か前に、福島の原発原子炉の震災のテレビ特集がやっていました。
あれから、5年もの時が過ぎましたが、そのテレビを見て原発の怖さと初めて向き合いました。本当にこわかったです。

チェルノブイリ原発事故という外国の原発事故のことは社会人になりたての時、自力で勉強したことがありました。なので、原発のことは、本でなんとなく知っていました。

テレビ特集を観て。私は、もしも時間が戻せるなら…地震の起きる前に戻り、地震が来ることを知らせてあげられたら…。
などと、考えてみても実現不可能なことを考えたりしました。

人間って極限に陥った時、どうにもならないことも考えてしまうんですね。

自然の摂理は宇宙の摂理でもあると思います。
「今」という時間。「過去」と「未来」
この、過去と未来は、「今」と繋がっています。

よく、本などでみんなへ対するアドバイスとしてもいわれていますが
過去は変えられないが、今という時をどう生きるかによって、未来は変えられる…と。

東日本大震災で大切な人を亡くし、家を失い、傷つき、悲しんだり。

人間は、運命を嘆き、宿命に翻弄(ほんろう)され、苦しむだけの存在ではない。
そして、悩むために生まれてきたのではない。
悲劇に泣くために、生まれてきたのでもない。

何のために生まれてきたのか?
「乗り越えるため」に生まれてきたのです。

生きている限り、苦難はつきもの。
それを、乗り越えることこそがその人の幸福へと繋がる。
人間は、幸福になるために、この世に生まれてきた。
不幸になりたくて生まれてきた人は誰一人としていない。
そして、幸福は、他の誰かから与えられるものではない。
幸福は自分の意志や努力とは無関係に、いつか突然やってくるのを待つのものでもない。

では、どうやって幸福はやってくるのか、現れるのか?
自分自身で「つかむ」んです。

東日本大震災で、被災された方たちは、「震災」という大きな難でこの、「幸福とは?」という議題に直面されずには、いられない状態になりました。あるいは、なんのために生きているのだろう…と。
だからこそ、悩み、考え、自分を信じ乗り越えて、幸福を勝ち取って欲しい。
自分を信じるということは、自分の手で未来を作るということ。
今から私は、「自分を信じる」ということをもっと勉強したいと思っています。

これからも、この地震や災害と私たちはどうしても付き合って行かなければなりません。

人間は、思わぬ事に直面した時、どう対応するかが大事となる。


いつでも、判断力を養い、どう動くかを考え、地震、災害にも備えたいですね。


自分自身の幸福、被災された方たちの幸福を願って…。

あなたにとっての最大の幸福像とはなんですか?
それに向かって「今」何をしますか?



まゆぽんより