「阿修羅王」の1頁目の解説だけで、こんなに語ることになろうとは、、、お付き合いくださる皆さまに感謝です❤︎
(*・ω・)*_ _)ペコリ
さてさて、早速3番目の先生へのお祈りを見てみましょう(人´∀`*)
ॐ गुरुर्ब्रह्मा गुरुर्विष्णुर्गुरुर्देवो महेश्वरः|
om gururbrafmaa gururvisnur gururdevo maheshvarah
(先生はブラフマー神であり、ヴィシヌ神であり、宇宙の法則を司る存在、偉大なるシヴァ神でもあります)
गुरुःसाक्षात् परं ब्रह्म तस्मै श्रीगुरवे नमः॥
gurusaaksaat para brafma tasmai sriigurave namaha
(先生そのものが至高の宇宙原理ブラフマンであり、その栄光ある先生に私は敬意を表します)
さぁ、大変です!
神さまの名前が3つも出てきてしまいましたΣ(・ω・ノ)ノ!‥‥長文必至なので2回に分けますねw
まず、このお祈りを理解するにあたり、日本人にはあまり馴染みのない大前提からお話しますね〆(・ω・o)
一般的に、インドにはとても多くの神さまがいると考えられています。
しかし、思想を紐解いて行くと、インドは多神教ではなく1つの大きな存在、宇宙原理ブラフマンब्रह्मःまたはイーシヴァラईश्वरःを信仰しているようです。切り口が違うだけで、ブラフマンもイーシヴァラも同じものを指します。
このブラフマン/イーシヴァラ(以下ブラフマン)は宇宙、自然、生物全てを内包する宇宙の法則の管理人のような存在で、全てはブラフマンから生じ、ブラフマンに帰る…と考えているようなのです。
我々人類もブラフマンの一部であると考えることから、いわゆる全知全能の神を信仰する一神教でもありません。
この考えは梵我一如、仏教思想にも継承されていて、離欲し魂を綺麗にすることで誰でも涅槃、つまりブラフマンの懐中に帰ることが可能であると考えているのです。
極彩色の神様で溢れかえるインドに、実は神さまがいないなんて!結構、衝撃ですよね(,,꒪꒫꒪,,)ポカーン…便宜上、今後も神さまって書いちゃいますけどw
じゃあ、インドに沢山いる神様、デーヴァदेवःは一体どんな存在なのかなっと思っちゃいますよね?
最近流行りの言葉を使えば、デーヴァ達はブラフマンの司る物理学的法則や生理学的法則、因果律などの宇宙管理システムの"擬人化"なのです。
彼らは細分化されていてもブラフマンの一部に変わりないので、人々は自分の目的や好みのデーヴァを通じてブラフマンに祈り働きかけていると言えるのです。
入口は違っても出口は1つ、どの神さまに祈ってもok★彼らの宗教観は至っておおらかです。
ちなみに、比較的成立年代の新しい神話に見られる物語間の矛盾や、整合性の欠如も、デーヴァを個人と考える故に起こる異人の誤解でしょう。この手の神話は哲学者による擬人化を用いた例え話が多く、あくまで1話完結なのです。
インド神話を読む時は、アーリヤ系神話、ドラヴィダ系神話、哲学者の擬人化比喩話、詩人や作家による創作話などが混淆していることを忘れてはいけません。
デーヴァの行動に一貫性や整合性がないからと、未熟で稚拙と評する学者もいますが、それは異文化への無理解ゆえの乱暴な意見だと思います。
失礼、つい脱線していましましたorz
お祈りの説明に戻りましょうφ(゚-゚=)
前述のように、梵我一如の思想から先生とブラフマンに同様の敬意を表す言葉が並んでいます。
インドでは、多くの学問は神さまから教えを賜ったことになっていたり、偉大な先生は神さまの化身であると語られることがよくあり、その教えを継承する先生達も同等に尊敬されているようです。
神さま=大先生=目の前の先生Σ(゚Д゚)!!
…諸々苦労の絶えない日本の先生が聞いたら、羨ましがりそうですね(^^;
さて、このお祈りでは神さまの代表として、ヒンドゥー三大神の名前が呼ばれています。
宇宙原理ブラフマンの創造・維持・破壊の役割を擬人化した神さまが日本でも名の知れたブラフマーब्रह्माः、ヴィシヌविष्णुः、ルドラरुद्रः/シヴァशिवःです。
この三大神さまは、インド神話の中でも扱いは別格。
デーヴァの王はインドラさんで天界の住人、六道輪廻から解放されていません。一方、彼らデーヴァを救う三大神は神界の住人、六道輪廻に縛られない存在なのです。
まぁ、ルドラさんは出自の問題からかデーヴァから少々疎まれているようですが、このお話は後半でお話したいと思います。
本日も長文にお付き合い頂き、感謝です(`・ω・)ゞ
हरिःॐ
