🍀✨✨東西ハーフストーリー✨✨🍀

   《芝居の道をまっしぐら》

⭐️相方の声が永六輔氏にソックリの巻⭐️


前回に続いて本読み稽古が続いた。

但し通し稽古でなく、1場 づつ丁寧に本読みを重ねて、M先生からの全体的なアドバイスや、各々の役を演じる研究生一人一人へのダメ出しも続いた。

正確な脚本の流れは覚えていないが

工女に売られていく少女たちが集まり

もう既に家族との涙の別れは済ましてきたものの、既に家に帰りたいとメソメソ泣く

年少の工女候補、彼女を抱きしめる様に

「大丈夫大丈夫」と慰め励ます姉さん工女妙に張り切ってこらから入っていく未知の世界への不安を振り払おうと無理をしている少女など、皆それぞれに覚悟を決めたとは言え言い知れぬ心細さで

一杯になっている場面から始まったと記憶している。


それ故、男と女の役の私とM君は後でみっちりしごかれる様で、最初の所を読むとずっと、みんなの遅々として進まない一幕一場を延々と見ているだけなので

適当に抜けて自主練習をしても良いと

M先生から許可が出たので、少し離れた

着替えに使う部屋で、変わる変わる読み合わせを始めたのである😅

その時改めて、M君の声も話し方も

放送作家としても作詞家としても著名な

永六輔さんに声も話し方も瓜二つだと言う事に気づいてしまって、私は突如笑い😂🤣のツボにハマったしまい笑い転げて止まらなくなった。

勿論M君 は何のことやら分からず

クエッションマーク❓にビックリマーク⁉️を頭の上に5個以上見せるかの如く

ビックリして盛んに首を傾げている。


永六輔さんはピアニストで作曲家の

これまた有名な中村八大さんとの

「六八コンビ」と呼ばれ「遠くに行きたい」「夢であいましょう」や梓みちよさんの「こんにちは赤ちゃん」などの大ヒットを次々と飛ばされて一躍日本をだいひょうし、世界にまでお二人揃って有名になられたのである。

そこにみんなに愛された歌手の「坂本九」さんとの、「六八九トリオ」でアメリカ🇺🇸でも

「すき焼きソング🎵」と銘打たれ大ヒットした「上を向いて歩こう」「明日があるさ」

など今でもみんなに愛されている歌の数々を大々ヒットさせた素晴らしい才能の持ち主なのである。

坂本九さんは40歳の若さで不慮の飛行機✈️事故で亡くなられ、まだまだ生きて

「689トリオで活躍していたかったけれど

半世紀を過ぎて皆がこれらの歌を忘れる事なく折に触れたわれて、世界の人の心に永遠♾️に刻まれた音楽🎵残して下さっ事に、感謝の気持ちは尽きないし

音楽と芝居という違いあっても同じ空間芸術のひとつとして、私たちもあの時のあの演技がずっと観客の心に残って今も鮮やかに蘇るような芝居を死ぬまでに一度はしてみたいという願望はまだ叶えられていないけれど、私も今一度精進したいと諦めてはいないのである。


永六輔さんは、喋りも上手で歯に衣着せぬ軽妙なトークでも人気著作家としても有名で中でも「大往生」は200万部を超す

大ベストセラーにもなった。

勿論余す所のない才能の豊かさで有名になられた事は間違い無いが、その要因の一つに一度聞いたら絶対に忘れない声と話し方が独特なのだ。少し鼻にかかっているのだが、骨太な声は枯れることを知らず

故に「咳 声 喉に浅田飴」と言う

のど飴の宣伝はピカイチで存在感抜群だった。

その一度聞いたら忘れられない

絶対に声が枯れたりボリュームが落ちたりしない永六輔さんとM君の声はドンピシャに繋がる。

恐らく誰が聞いても区別がつかないと

今でも確信している。

M君が入所してきて自己紹介をした時から

全員が「永六輔」さんの物真似で笑いを取ろうとしたのだと後で延々と取り調べを行ったが、何度聞いても何を喋っても

紛う事なき「永六輔」の声でそこから発生練習を繰り返してもその地声は本物だったので、クラス中に大笑いの渦を巻き起こしたのだが、本人は赤ちゃん👶の産ぶ声からこの声だったと両親を始め親戚一同からお墨付きを貰っている故に、飄々として何も気にしていないのである。


私は漸く笑いを封じ込め相方のM君と

ナレーターとしての練習を再開したものの

とにかく本番までに彼のこの声で笑いの

ツボにハマってお芝居を台無しにしない様に

深く深く反省して、M君と力を合わせて

ナレーターの2人のコンビネーションで

この舞台に今一重の深みが出たと言われるくらい頑張ろうと決意したのだが

時々笑いのツボにやられそうになるのを

必死に堪える事も ある意味では私に課せられた大事な修行だったように思えて来た今日この頃である。


まだまだ稽古は続きます🍀😂🍀


     紫  まいこ