本来ならば秩父方面へ出かける予定だったけれど
依然として足が本調子ではなく
イベント主催者様や他のご参加者様にご迷惑をおかけするのが明らかなため泣く泣く参加を断念した
断念して気がついた
この日わたしは行くべきところがあったのだと
※信仰の薄い者の自覚アリ
枝の日とも呼ばれるこの日は
ついに十字架上への道が示される日で
四旬節に入り40日近くが経つことも意味する
そしてそれは丸ごと
わたしの骨折期間と重なっている
わたしの四旬節はこれだったのかも…
ふとそんな思いが過る
かつてのわたしは四旬節中に犠牲を捧げることを厭わず
嗜好品を中断したり
ルーティンを課したりしていたけれど
最近はそのようなこともおこなわなくなっていた
そこへ降ってきたのが骨折というどうしようもない現実だ
否応なしに犠牲を捧げざるをえない状況になっていたのかもしれない
灰に戻らなかったのか
初心を忘れたのか、と
来週になれば復活祭がやってくる
教会がもっとも華やぐ季節がやってくる
教会の暦が語るのは
いまが惨めでむごたらしいものであればあるほど
いつか必ず迎える復活のときに恐ろしいほどの眩い光を放つということ
これは陰陽の等価交換法則となんら矛盾しない
わたしの体験は
体験せずに済むのならそれに越したことはない類のもの
だけど
40日以上にもおよぶこの不自由な体験がもたらす豊かさを
きっとこの先わたしは知ることになるのだろう
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