さまざまな偶然が重なり
卒業した小学校を訪問することができました




 


建物内のお写真は控えさせて頂きますが
随所に懐かしさが散りばめられ
煤で見えなくなっていた記憶に再び出会うこともできました



わたしは
小学生の頃から苦労していました
(自分で言っちゃう)



楽しい想い出ももちろんあります
でも
ふと過ぎるのは暗い記憶ばかりでした
だからこそ
それを煤の中へ閉じ込めていたのかもしれません



訪問してみて気づいたのは
当時はあんなに広大だと思っていた校庭が
「あれ?! こんなに狭かったっけ?」
と感じたことに代表されるようなものでした



「身体が成長したから」
確かにそうです



でも多分それよりも
家庭と学校がすべてだったあの頃は
純粋だったけれど視野が狭かったのに対し
それなりの年月を経て
さまざまな経験をさせて頂いたいまは
それなりに濁っているかもしれないけれど
視野の広がり方は比べものにはならないからかもしれません



近所には同級生の家がまだありました
懐かしい表札を見て
チャイムを鳴らしてしまいそうになる衝動を抑えつつ帰路に就く



亡き父も10歳まで通っていた小学校



暗かった想い出が
なんだか暗くなくなったような気がしました



街並みは変わっても
まだ母校が存在することに感謝です


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あの頃のわたしへ



まさかこんなオトナになっているとは思わなかったでしょう?
あの頃のわたしの予定では
いまのわたしくらいの年齢のときには
もっと落ち着いているはずでしたね



呆れていますか
それとも「流石だね」と言ってくれますか



あの頃は大変でしたよね
でもそれは全部あなたのチカラになっていて
決して無駄ではないから安心してください



小学校を卒業した後も
あなたは苦労し続けます
でも
それはあなたが望んだことで
あなたはそれを経験したかったのであって
その通りに生かされていきます



つまり
一見、現実において滞っているかに見えることも
すべて順調なのです



楽勝な人生を歩むひとは
「ひととしての成長」
というご褒美は与えられません



いまのわたしがひととして完成されているなどと
口が裂けても言えません
しかし
少なからずとも幸福であることに間違いはない



いつかまた
あなたに会うことがあるかもしれません
そのときは
いまよりもっと遥かに想像を超えたわたしになっていることでしょう



会えて良かった
ありがとう