お母さん
あれから1年経つね
お母さんは2月生まれだし「2」が好きなのね
それにしても
この1年の間にいろんなことがあったのよ





早朝に掛かってきた電話で嫌な予感がした





でも
取るものも取りあえず…といった風情で出かける訳にはゆかなかった

何故ならば
最後にあなたが見る私の姿はきれいでありたかったから

二度と目を開けることはなかったけれど


まるで息を吸ったかと思ったら次の瞬間
本当に呆気なかった


ひとはこうやって死んでゆくのだと死に様を見せてくれた
いつか私も見送られるのだから練習をさせてくれたのかもしれない


あの日は土曜日で社員旅行の前日
そして塾の日だった
先生は講義中だから返信なんてすぐにできないとわかっていてもメールをお送りした

母の死に際に私は何をすればよいでしょうかと

こと切れた後
頂いたメールを見て泣いた
葬儀屋との打ち合わせをして帰宅した後だった



親の愛情の深さを教えてくれた
私はもうこどもは持てないかもしれないから
あんなに懐深い愛情も持つことはないかもしれない


正直ウザいと思っていたし
わたしをコントロールしたがっていたこともイヤだったし
わたしが子供のころからの度重なる入院にも辟易としていて
特に認知症になってからは見舞いへ行くのも面倒くさかった


「来てくれてありがとう」
「気を付けて帰るのよ」
死ぬ前日まで笑顔でそう話していたその言葉さえも
恩着せがましい気がして聞きたくなかった
わたしは冷たい


1年経って
もう涙なんて出ないだろうと高を括っていた
ワンコが死んだときのほうがずっと泣いていたくらいだから
わたしは肌も心もドライだと思った


でも不思議なもので
こうやって想い出しながら言葉を紡いでゆくと
瞳から何かが溢れてくる

これは一体何なのだろう






もしこのブログを読んでくださるかたがいるのなら
是非挑戦していただきたいことがある


ご両親に感謝の気持ちを口頭でお伝えになってみて
もし御存命ならば



「あなたの子で良かった」

これだけでいい



すべては遠いようで
すべてはあっという間


だから是非やってみて



お母さん
ありがとう