小学校パワー ~元・豊島区立高田小学校 | 台湾食べっぱなし(小吃と台湾華語)

台湾食べっぱなし(小吃と台湾華語)

台湾に住むことになっていろいろと、気持ちよかったりわるかったり。楽になったり辛かったり。
食べ物のことが中心です。

ただいまー!
って、どこも行ってないんだけどね。


お盆は蝉のサナギのよにじっとしてました。
唯一、もりくま親子と所沢の航空発祥記念館に行ったくらいですか。
もりくまムスコの小学生へらちょんぺパワーにあてられ、
高齢者世帯の残少な生気をすっかり吸収されたので、
そのあと3日間だらだらグデグデしてました。
若いって罪ね…。


私は5連休だったのだが、初日は夫はまだ勤務。
だので、雑司ヶ谷の実家に行って、祖母の様子を見てきた。


以前行ったときは、私のことが少しだけわかるようになっていたのだけれど、
この日はわからなかったみたい。
そんな日もあるぜばあちゃん。
肌はまだワタシよりつやつやである。
まだがんばれちゃうぜばあちゃん。


母ご自慢の電動自転車(弟がムコに出るとき、兄弟で出し合って買ってやった)を借りたので、
せっかくだから、私の母校の小学校周辺を回ってみた。


こんなに小さい世界がまだ大きく見えた頃は、
まだここにはたくさんの小学生がいて、
夏休みにはもーどーしよーもない悪ガキが走り回っていたのだけれど、
いまは しん、と静まり返って、いるはずの年寄りの息づかいも聞こえない。
見慣れた家は古びてコンクリもはがれ落ち、
庭はくっさいドクダミが生え放題である。
新しく建った白がまぶしいハイツからは、
雑司ヶ谷には似合つかわしくない原宿系ニーちゃんが、
シブヤ系ネーちゃんと出てきて、
夏の昼のアンヴィヴァレントな世界を醸していた。


路地は狭く

ムニぞうの つれづれ人生横町-小学校裏路地 昔はよくひた走った道


商店は暗く

ムニぞうの つれづれ人生横町-瀕死のストア

町は小さくなった。


でも、その中でひっそりと続いている焼きものがある。
小倉屋のせんべ。


ムニぞうの つれづれ人生横町-小倉屋

現地で焼いているので、軽くて軽くて、
エビ・明太・マヨネズ・まっちゃ・いろんな味が入ったミックス袋300円は、袋喰いできる!

そんな自信に満ちる一品。


ムニぞうの つれづれ人生横町-袋喰い可能な小倉屋ミックスせんべい300円也

余分に買って、明日くるもりくまとムスコにやることに。


本当は、この近くの肉屋で揚げているメンチカツがハンパなく旨い。
ばーちゃんが好きで、よく買って私らの夕食にあてがっていた。
ラードってすばらしい!と今私が感じる原風景がここにある。
帰りによったら、揚げ物は4時からだという。
残念!



小学校を裏から回ると、校庭側に出る。
いまはもう、小学校でも老人ホームでも公民館でも何でもないこの建物は、
都心の住宅街を大きく占めて、元校庭を一般開放している。


弟はここの雲悌から落ちて、頭を強打し、意識不明になった(いまは超元気)。
それを受けて、学校は地面を砂地にした。
だからみろ!こんなに雑草が!これは弟の責任。

ムニぞうの つれづれ人生横町-夏草の雲梯


元校庭のど真ん中、サッカーのセンターサークル内で、
直射日光をギンギンに浴びて、
今では珍しい、外で遊ぶ子どもが2名、座っていた…。
あんな暑いとこで、なぜ座るのか…危険を感じないところが、子どもらしくバカで、好ましい。


傍らでは、スキンヘッドにステテコ(短パン)のおっちゃんが、
合気道…風味の動きをしていた。
でも、大人だからやっぱり日陰である。

ムニぞうの つれづれ人生横町-真夏の元校庭


あんなに校庭の真ん中まで日陰があったかと思って、
枝をたどると、私が立っている側の樹が、この30年ですばらしく大きくなっているのだった。
コンクリをぶち破り


ムニぞうの つれづれ人生横町-根っこは30年で盛り上がった

ヒトの目算などものともしないで、育つ。


たった30年、樹は同じペースを保った。
人間は、勝手に地面塞いで、勝手に消えた。
生きているって、なるほどこれがこうなる、ってことだなぁ。



元学校と元校庭、小倉屋とメンチカツ、
ばーちゃんとデカい樹、2名の小学生と翌日の小学生が、
へなちょこあだるとであるワタシに、なにやら時間の醍醐味を味わわせてくれたので、
ワタシは今日もそれなりに学校に…会社に行ってます。
思えば学校も嫌いだったけど、ちゃんといったもーん。



あ、今日、最初の企画が通りましたとさ。
ははは。


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