ただいまー!
って、どこも行ってないんだけどね。
お盆は蝉のサナギのよにじっとしてました。
唯一、もりくま親子と所沢の航空発祥記念館に行ったくらいですか。
もりくまムスコの小学生へらちょんぺパワーにあてられ、
高齢者世帯の残少な生気をすっかり吸収されたので、
そのあと3日間だらだらグデグデしてました。
若いって罪ね…。
私は5連休だったのだが、初日は夫はまだ勤務。
だので、雑司ヶ谷の実家に行って、祖母の様子を見てきた。
以前行ったときは、私のことが少しだけわかるようになっていたのだけれど、
この日はわからなかったみたい。
そんな日もあるぜばあちゃん。
肌はまだワタシよりつやつやである。
まだがんばれちゃうぜばあちゃん。
母ご自慢の電動自転車(弟がムコに出るとき、兄弟で出し合って買ってやった)を借りたので、
せっかくだから、私の母校の小学校周辺を回ってみた。
こんなに小さい世界がまだ大きく見えた頃は、
まだここにはたくさんの小学生がいて、
夏休みにはもーどーしよーもない悪ガキが走り回っていたのだけれど、
いまは しん、と静まり返って、いるはずの年寄りの息づかいも聞こえない。
見慣れた家は古びてコンクリもはがれ落ち、
庭はくっさいドクダミが生え放題である。
新しく建った白がまぶしいハイツからは、
雑司ヶ谷には似合つかわしくない原宿系ニーちゃんが、
シブヤ系ネーちゃんと出てきて、
夏の昼のアンヴィヴァレントな世界を醸していた。
路地は狭く
商店は暗く
町は小さくなった。
でも、その中でひっそりと続いている焼きものがある。
小倉屋のせんべ。
現地で焼いているので、軽くて軽くて、
エビ・明太・マヨネズ・まっちゃ・いろんな味が入ったミックス袋300円は、袋喰いできる!
そんな自信に満ちる一品。
本当は、この近くの肉屋で揚げているメンチカツがハンパなく旨い。
ばーちゃんが好きで、よく買って私らの夕食にあてがっていた。
ラードってすばらしい!と今私が感じる原風景がここにある。
帰りによったら、揚げ物は4時からだという。
残念!
小学校を裏から回ると、校庭側に出る。
いまはもう、小学校でも老人ホームでも公民館でも何でもないこの建物は、
都心の住宅街を大きく占めて、元校庭を一般開放している。
弟はここの雲悌から落ちて、頭を強打し、意識不明になった(いまは超元気)。
それを受けて、学校は地面を砂地にした。
だからみろ!こんなに雑草が!これは弟の責任。
元校庭のど真ん中、サッカーのセンターサークル内で、
直射日光をギンギンに浴びて、
今では珍しい、外で遊ぶ子どもが2名、座っていた…。
あんな暑いとこで、なぜ座るのか…危険を感じないところが、子どもらしくバカで、好ましい。
傍らでは、スキンヘッドにステテコ(短パン)のおっちゃんが、
合気道…風味の動きをしていた。
でも、大人だからやっぱり日陰である。
あんなに校庭の真ん中まで日陰があったかと思って、
枝をたどると、私が立っている側の樹が、この30年ですばらしく大きくなっているのだった。
コンクリをぶち破り
たった30年、樹は同じペースを保った。
人間は、勝手に地面塞いで、勝手に消えた。
生きているって、なるほどこれがこうなる、ってことだなぁ。
元学校と元校庭、小倉屋とメンチカツ、
ばーちゃんとデカい樹、2名の小学生と翌日の小学生が、
へなちょこあだるとであるワタシに、なにやら時間の醍醐味を味わわせてくれたので、
ワタシは今日もそれなりに学校に…会社に行ってます。
思えば学校も嫌いだったけど、ちゃんといったもーん。
あ、今日、最初の企画が通りましたとさ。
ははは。






