右折はつめていこう | 台湾食べっぱなし(小吃と台湾華語)

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じゃん。ではいきなりフローチャート



運転する  →no→ この記事は読まなくてOK!あなたに関係nothing!

↓yes

見通しのよい交差点の右折時、時速25km/h以上出す →yes→ 私は嫌いじゃないけど、事故にチューイね!

↓no

横断歩道に歩行者がいない時、前の車との車間距離を10m以上開ける  →no→ 私も~!

↓yes

なんで? なんで? なんで?




自動車を運転していれば、右折の時は、みんな緊張する。

基本は徐行だ。でも、時間制限もあるから、安全かつ速やかに進行しなくてはならない。


最近イラッとすることのひとつに、

「交差点右折の時に、異常に車間を空けるヤツがいる」ということがある。

対向直進車のスキを見て、または右折信号の5秒程度の間に渡りきらねばならないというのに、

自分の前の車間だけを悠々と確保しようとするひとがいる。

私はそういう子供じみたセンスと無遠慮に、なんだかムカッ腹が立つタイプなのだ。


もちろん、横断歩道を渡る歩行者がいるなら話は別だ。車側で止まってやらなくてはならない。

しかし、どう考えても歩行者や自転車がいないのに、横断歩道の前で躊躇するドライバーが…。

オマエ、曲がる前に確認してなかったのか?!


そもそも時速20km/h以下(そういう方々はマイペースで、下手すると10km/h以下…)で前進するなら、

そんなに広い車間は無用だ。加えて、

「自分だけが渡れればいい」と思っているフシと、

「バックミラーやサイドミラーで後方車を気にしたことがない」っぽい、

重機を操作する資格とマナーを感じさせない車の割合が多すぎる。キー!


もちろん車だから、会話のコミュニケーションはとれないさ。

でも、そういうのは、周囲を見て「空気を読む」ってことの基本的なモンだと思う。

決してプラスアルファではない。「言ってくれよ」は、もちろん通じない。

無言のやりとりのなかに、どれだけ人間性と公共性を保てるか。

公道での車の運転には、それが問われてるんだっつーの!



でも、ふと思うのだ。

もしかしたら、この人はこの速度でこの車間じゃないと止まれない反射速度の人だろうかと。

残念ながら、いくら頑張っても能力的にそういう人もいるだろう。

(私が出会ったように、ドライバーの約1/3を占めるとは到底思えないが)

ならば、「この人に、免許あげたの、誰ですか~?!」といおう。


車にもノーマライゼーションとかいうのはお門違いだ。

運転は重大な「結果」を招く「業務」である。

厳密にその能力を測らずに許しを与えれば、

「オマエ、死んじゃったり殺しちゃったりするかもよ」ってなモンである。

それって、「未必の故意」って言うんだぜ?

免許ではなく、自分で運転しなくても移動できる手段を考えることが必要だ。
私も含め、無理いって免許もらった人がいるんなら、

それに見合う技術の向上と人一倍の配慮が必要なんだ。



自動車は、人間の能力以上の力を出すモンなんだから、

人間の感覚と配慮とマナーをもって扱わなければ、ただの凶器である。

右折の車間に、ドライバーのセンスと知性と、モラルが露呈している。


だから何回かに一度、みんなで効率よく、本当に「普通に」右折できた時、

「これが人間の知性だ!どうだクルマども!」と、鼻息を荒くしてちょっとヨロコブ。