私の仕事4 「レストランの皿洗い」
今回は私の仕事シリーズ第4弾、「レストランの皿洗い」をお送りします。
私は高校二年生の冬休みを利用して、皿洗いのアルバイトに応募しました。
応募した場所は、国道に面した和食レストランで、結構繁盛しているお店でした。
自宅からは電車やバスを乗り継いで、結構な距離があったのですが、採用されたため通勤することに決めました。
期間は冬休みの二週間のみ。ただ、大晦日・正月をまたいでの勤務だったので、かなり混雑するだろうな、と予想されました。
仕事の内容はメインが厨房での皿洗いや洗い終わった後の食器片付け、サブがごみ捨てなどの雑用でした。
その期間は皿洗いをほぼ自分ひとりで担当することになり、本当にちゃんと務まるかどうか非常に不安でした。
実際に勤務が開始してからは、やはり不慣れなもので、いくつかコップやお皿を割ったりもしました。そのとき高校生であったためか、あまり怒られることはありませんでしたが、割ったことの罪悪感を結構長く引きずっていました。
仕事内容で一番厳しかったのは、夕食のピーク時に訪れる物凄い数の皿の量でした。洗っても、洗っても、次から次へとストックが溜まっていき、もう息つく暇もないほどの忙しさでした。少しでも手を休めると食器が山のように積み上がってしまい、大変な状態になってしまいます。
最初の頃はペースが掴めずに食器をどんどん積み上げてしまい、仕方なく調理の人に手伝ってもらったりしていました。
それでも、数日後にはなんとなくコツを掴みはじめ、形だけは流れを止めずに仕事をすることが出来るようになりました。
皿洗いはただひたすらスポンジでゴシゴシ洗っていくだけの作業ですので、発達障害の特性的にも問題がなかったようです。ただ、急なオーダーの増加など突然の事態には、あいかわらず上手に対応できていませんでした。
食器の片付けに関しては、片付ける食器の棚の場所が常に一定であるため、問題なく仕事を進めることができました。
仕事で一番嬉しかったこと、それは昼食や夕食として、まかないが出たことでした。
当時高校生だった私は自分で外食をする機会がほとんどなく、レストランの料理をあまり食べたことがありませんでした。
まかないで出てきたのは、結構ちゃんとした料理でした。煮込みうどんや、海鮮巻き寿司、赤だし味噌汁、他にも色々ありましたが、とても美味しかったのを覚えています。
逆に一番辛かったことは、またこれも例によって、人間関係でした。
制服に着替えるための、待機室での行き帰りのほんのわずかな時間がたいへん苦痛でした。和食レストランということで、働いている人は威勢のいいあんちゃん達ばかりで、大人しい私は常に縮こまりながら着替えをしていました。勤務先の方から世間話を持ちかけられても、気の利いた返答が出来ないため、次第にほっておかれる存在となっていきました。中にはからかってくる人もいましたが、そんなに気になりませんでした。
その中でひとりだけ、気を遣ってくれる寡黙なパンチパーマのおじさんがいて、その方の存在にはかなり救われていたように感じます。
寡黙で、漢気あふれるナイスガイ!感謝しております。
(実際の人物とは大変異なりますが、こんなイメージの方です)
ばたばたと忙しく仕事をこなしているうちに、あっという間に二週間が過ぎ、勤務は終了しました。
人生二度目のアルバイトでしたが、何事もなく無事終われて、良い経験が出来たと思います。
そのときの気のいい寡黙なパンチのおっちゃんには、現在も感謝しております。