今日は少し、在り方について書いています。
世の中では会社や組織が生き残るために
戦術(やり方)を重視していますが、
ある程度持ち直したらあとは
在り方(考え方)の方が
重要になります。
そこで今日は、
在り方のお話。
在り方なので、概念的な話になって
面白くないかもしれませんが
この考えを持っている人と
持っていない人で
これからの時代を
切り開けるか
切り開けないか
(生き残れるか残れないか)が
変わって来る決め手と
なってきますので、
読んでいただければ幸いです。
また、優良な取引先と
繋がりたいのなら
高い視点と多角的な視点で
物事を見ている必要があるので
そういった意味でも
こういった内面的考え方を
普段からしておく必要が
あります。
では、本題。
ここ数ヶ月くらいずっと
「曖昧なまま進む」
ということについて
考えていました。
成功する人と
成功しない人、
物事を継続できる人と
継続できない人、
習得できる人と
習得できない人、
自分で道を切り開いていける人と
奴隷のように支配され続ける人。
これらの違いは
「はっきり答えがわからないと
進めない人」と
「答えが曖昧なままでも
進んでいける人」
の違いです。
これは物事や状況の判断についても
言えますし、
人を見極める時も
そして自分自身と向き合う時も
必要な視点。
私たちは人間で、
絶対的善意の人もいなければ
絶対的悪意の人もいない。
誰とどう付き合うか。
自分をどの立場に置くか。
これを、常々
バランスしなければならない。
なのに私たちは
つい
絶対的な正解を
求めたがってしまいます。
なぜなら、それが
安心できるし
脳にも負担が少ないし、
違っていたら
それを言った(教えてくれた)人のせいにできるから。
正解がわかってから進む方が
楽なんですよね。
でも、ずっと
正解を求めてたら進めないし、
正解っぽいものを
声高に歌う人に
ついていってしまう。
それというのは、”自分がない”状態。
結局はそれが
いちばん苦しくなります。
なぜなら世界の在り方と
反しているから。
善も悪もないものとして
ただあるがままを受け止める、
ということが
大事です。
かと言って、
全てを受け止めすぎてもダメ。
なぜなら、全てを受け止めたら
キャパオーバーで
自分がなくなるから。
「自分」の居場所は
自分で自分の中に
ちゃんと作っておく必要がある。
なぜなら、
私たちは一人一人に
必ず使命・役割があるから。
身を削ったり
自分の居場所を明け渡してまで
受け止める必要はないのです。
それをするくらいなら
自分をガンガン出していった方が良い。
多分、いつか
派手にぶつかって
相手を受け入れざるを得ないから。
(かなり荒療治ですが。
あ、でもその時が来ても
受け入れなかったら、
強制終了させられます。)
ただ、キャパの範囲内と言っても
「自分が受け入れやすいものだけを受け入れろ」
と言ってるわけではありません。
それだと、
自分は何も変わらない。
受け入れ難いものを
解釈を自分に都合よく曲げたりせずに
受け止めていくことが大事、ということです。
それには大きな器と
俯瞰して見れる高い知性と
心の強さが必要です。
受け入れ難いというのは
結局自分にこれらが
備わっていない
つまり
こだわりがある、
という合図にすぎず、
受け入れ難いものが
目の前に現れるということは
これを今自分が
培っていくタイミングだと
教えてくれているだけのことなのです。
だから、
目の前の出来事や人物に対して
「受け入れ難い」
「許せない」
と思うときこそ、
目の前のものにとらわれず
それに反応している
自分の内面に
向き合う必要がある
ということです。
この考えを読んでみて
受け止めるかどうかも
読んでいる方の自由ですし、
心に反応が起きたのなら
どのような反応が起きたか
向き合ってみるのも
ひとつ殻をやぶるきっかけに
なるかもしれません。