みなさんは、自分が最期を迎える時を想像したことがありますか?
自分が病や老衰であとわずかとなったとき、どこで過ごしたいでしょうか?
・希望を捨てずに、治療を優先して、病院で闘い続けるでしょうか。
・余命がいくばくもなく、病に冒されていたら、最期を穏やかにと、緩和ケアのあるホスピスに行きたいでしょうか。
・それとも、家族に迷惑をかけたくないからと、老人ホームなどの施設に自ら入所するでしょうか。
・最後まで、慣れ親しんだ自宅で、普段通りの生活の延長として、家族に囲まれて過ごしたいでしょうか。
もちろん、正解や不正解なんてありません。
自分や家族の望む選択ならば、どの選択も素晴らしいものだと思うし、自分自身も満足がいくと思います。
ただ単純に…『私は』と考えたとき、自分を看取る家族のことも考えず、自分の気持ちを優先したら、
私は自分の住み慣れた家で最期を迎えたいと思います。
この考えに至ったのは、在宅の介護の現場を見てきたから。
(以下、少し脱線します。。。)
介護というと、みなさん高齢者ばかり思い浮かべると思いますが、最近は少し違ってきています。
障害者や障害児、ガン末期の成人など、色々な方のお手伝いをさせて頂きました。
障害者の方も多くいますが、とても増えていると感じたのが、若くしてガン末期、自宅で最期を迎えようとしている方たち。
子供さんが、大学生や高校生。シングルマザーのそのお母さんが余命あと数週間というお家に訪問に行ったことがあります。
彼女は長く辛かっただろう抗がん剤の副作用で、全身の毛が抜け落ち、頭部に出来た腫瘍のため、頭蓋骨の一部を外し、
そのせいで頭がむくみ、顔の横に同じくらいの大きさの皮膚が腫れあがっていました。
しゃべることも出来ませんでしたが、声掛けには目で訴えたり、少し手を動かしたりと答えてくれました。
正直、介護を長くやっていても胸が締め付けられるような状態でした。
それに対して、まだ20歳前後の息子さん、娘さんが笑顔で応対しているのです。
実際のところ、病院が良かったのか、家に帰れて良かったのか、本人の意思を確認することは出来ませんでした。
しかし、彼女と子供さんたちのやり取りは、病気ということを除けば、とても自然な形でした。
娘さんがご飯を作りながらお母さんに相談したり、息子さんが枕元でお母さんに学校の他愛もない話をしたり…
残された家族にとっても、悔いのない時間が長く取れたのだと私は感じました。
(脱線、終わり。)
高齢者を含めた看取りの問題で私が感じたことは、
家に帰れるということ…それを受け入れられる土壌がもっとあれば…ということでした。
いくつかの選択肢あってはじめて、自分の希望に近い選択が出来るわけです。
もっと最期の時間を、今までの生活の延長として家で過ごせる…
それが当たり前になっていけばいいなと思います。
子供も大切な人の死というものが身近になれば、辛さを乗り越え、
きっと時間を大切に…積み重ねては人生を大切にしていくのではないでしょうか。
(賛否両論あると思いますが…)
そして、これは知人の言葉です。
「これからの時代は、もっと在宅医療にシフトしていくだろう。
その中でも、ゴッドハンドに主治医になって欲しい!!と思う患者がいるように、
この看護師、この事業所に最期を看取ってほしい!!と思う患者さんが出てくるんじゃないかと思う。」
確かに…。一理あります。
だって私もきっとそう思うし、現に訪看のお客さんが「○○さんみたいな人に看取ってほしいわ。」と実際におっしゃるから。
人間性、フィーリングが合った看護師に担当してもらうことは、きっと日々の満足度にも繋がっていくでしょう。
そして専門看護師や認定看護師という資格取得者がもっともっと増えてきたら、、
病院だけではなく、在宅の現場にも波及してきたらいいと思います。
◎◎◎訪問看護ステーションは認知症に強い!
▲▲▲訪問看護ステーションは緩和ケアに強い!
□□□訪問看護ステーションは小児に強い!
みたいな風になってきたら、より専門的なケアが出来て、看る側も、看られる側も、
質の向上・満足度の向上・強いてはお互いのQOLの向上に結び付くのではないでしょうか。
(飛びすぎ???でも、妄想は大事!!!)
あぁ・・・なんだか長文になってきて、またいつものまとまらない感じになってきました…
これから自分がどのような事業所を作りたいのか、
時流を読みながら、そして日々精進しながらじっくり考えていきたいと思います。
とにもかくにも、人が好き! 患者さんも家族も支えていきたい!
この初心を忘るるべからず、勉強してまいります (。・x・)ゝ
全然まとまらない長文、お付き合い頂きありがとうございました。