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昨日前職場の同僚からメールが来ました。

私たちのデイサービスのアイドル的存在、

Nさんが特養に入所されるとのことで、

最後の利用日だったとのこと。

同僚は今までの介護士人生の中で一番泣いたと言ってました。

私も会えなくなると思うと、込み上げてくるものが沢山。

そんな愛すべきNさんとの日常の思い出話をひとつ。


Nさんをトイレにお連れしようと声掛け、

いつものように手引き歩行。

すると、腕まくりした私の腕を見て、触って、

「すごい白くて、綺麗な手だねぇ~!ほぇ~!」

(色は白いですが、決して綺麗とは言い難い、

お肉でムチムチの手なんですが…)

そして、トイレに座ると同時に私の手を撫で撫で。

だから、私もNさんの手を撫で撫で。

すると、Nさんのいつもの一言。

「(自分の手を見て)、うわ~!なんだこの皺くちゃの手!

きったないなぁ!」

そして、私のいつもの一言。

「Nさんの手は綺麗だよ。いっぱいいっぱい仕事してきたんでしょ?

いっぱいいっぱい子ども育ててきたんでしょ?

名誉の勲章だよ!私はこんな手になりたいなぁ(とびきりの笑顔)」

その後の、Nさんの笑顔は本当にとびきり!

はにかみながら、嬉しそうに、誇らしげに。

この笑顔が見たくて、

認知症のNさんと何度このやりとりをしたか。


私は介護の仕事ってどんな仕事?と聞かれたら、

こんなに素敵な仕事!と胸を張って答えます。

皆さんも同じ状況があったら、ぜひ伝えて上げて下さいね。

そして彼ら彼女らの昔に少しでも耳を傾けて上げて下さい。

とびきりの笑顔を見せてくれるはずです。

Nさん、特養に行ってもお元気で。

ちょっぴり寂しいけど、また会える日を楽しみに。

ありがとうございました。





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今日は今月に入って、(夜勤と美容院を除いて)予定のない唯一のお休みだったので、のんびりと読書をしました。

そよそよと気持ちいい陽気の中、1年前の壮絶な記録「石巻赤十字病院100日間」を読みました。

このちょうど100日目頃に私も石巻に介護ボランティアとして避難所に行き、遠巻きから石巻赤十字病院を眺めました。

あの時にあの中で何が行われていたのか…。

こみ上げてくる涙とともに、一気に読み終えました。

以下は感想ではなく、私の心に留めておく備忘録です。

時間とともに風化していく現実、そして決して風化させてはいけないもの、考えなきゃいけないこと。

ぜひ皆さんも手にとって読んでみてください。


p.31、p.100
「津波にのまれた看護専門学校(石巻赤十字看護専門学校)」
被災した教員と学生が避難所へ辿り着いたとき、被災者からは「看護師さんが来た!」と歓声で受け入れられ、
避難所の責任者から「手伝ってください!」と要請を受けた。
看護師である教員はもちろん、救護の知識が少なくてもある学生は、救護班にならざるをえなかった。
そして1200人の避難所で100人近くの教員と学生は、救急箱を頼りに、出来る限りのことを行った。
その中には、クリミア戦争でのナイチンゲールを彷彿とさせる、環境整備や衛生管理など、様々なことに及んだ。
薬剤師や赤十字の救護班が入るまでの4日間、彼女らは動き続けた。
きっとまだ20歳にも満たない、現場にも出たことのない彼女らが…
どのような思いでその現場で動き続けたのか。
「看護師になる」と決めたときから、彼女たちはきっと立派な看護師だったんだと思う。

この状況を自分に置き変える。
私にも出来るだろうか…クラスメイトにも出来るだろうか…
全員とは言わないが、きっと同じ状況でも同じ選択をする子が多いのではないかと思う。
看護を目指すとはそういうことでもあるのだ、強い使命感。
身が引き締まる思いだった。

p.116 「全避難所をトリアージ」石井医師の決断
この石井医師の言葉がなぜか響いた。

病院を避難所のように考えて、「トイレ貸して」そう言ってくる男性に、石井医師は言った。
「貸さねぇよ。外でやれ」
院内に入ろうとして、必死になっている男性に石井は言った。
「みなさんが中に入ったら、この病院は潰れます。病院が潰れたら、石巻が潰れます。」

苦渋の決断の連続。

p.121
全避難所のトリアージを実施したが、すぐに応援が必要な地域の治安が悪いということで、
時間のない中、医師を派遣するか否かの議論がされる。
「ひとりの医師が500人の命を救うことが出来るとしよう。医師が死んでしまったら、救えるはずの500人の命が救えなくなってしまうんだ。今は何よりも医師の命が大切なのだ。そんなところへ医師を送り込むわけにはいかない。」
「それなら、見捨てると言うのか。そんな非人道的なことが許されるのか。」

正に「正論のぶつかり合い」。どちらも間違いではない。
先日、別の話で知人が話していたことを思い出した。
「人生には100対0でどちらが正解、不正解があるのではなく、、51対49のギリギリの選択を迫られるのが生きてるって事。」
壮絶な状況の中で、休息も取れず、時間も迫られている、精神的にも肉体的にもギリギリの状況。
そこでの、今自分に出来る最善の選択、その意見の衝突。


被災しているにも関わらず、逃げることなく(結果的に現場に立たなかった人を非難する気も毛頭ありませんが)、

職務に全うした方々に、本当に本当に、敬意を表します。

この記憶は絶対に忘れてはいけない。語り継がなくちゃいけない。
5/16は二年生の先輩方のナーシングセレモニーでした。

入学式に保護者は出席出来ないのに、ナーシングセレモニーには出席出来ちゃうくらい、看護学校生活には欠かせない式です。
 
私は実行委員なので、来年のために参加しましたが、とても感動しました。

キャンドルを持ちながら、講堂内を先輩が歩き、誓いの言葉を述べ、ナイチンゲール賛歌を歌います。

看護学校には戴帽式や同様の式典があるところがほとんどだと思いますが、これは自分の意志を再確認するためにも素晴らしいものだと感じました。

先生や保護者には感極まってしまう方も。
 
しかも今年はここ何年かの中で、一番良かったらしく…来年のハードルがめいいっぱいあがってしまいました(~_~;)タイヘン…
 

でも私の同級生達は素敵な子達ばかりなので、式ももちほん素晴らしいものになると確信しています(^^)

後は、実行委員の力量?…頑張ろう!

※翌日の読売新聞・神奈川新聞にも写真付きの記事が掲載されていました。すごーい!
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学校で先月、「1年次の目標」を一人一人決めました。

私の目標は、4つ!!

1) 活かせる知識を身につける
  →(目に見える成果として)成績は優と良のみにする
  
※優(80点以上、良70点以上、可60点以上、不可59点以下)

2) 体調管理に気をつけ、無遅刻・無欠席を目指す

3) 視野を広げるため、月に4冊(以上)本を読む

4) ケアマネ試験合格する

以上です。

さーて、どうでしょぅ。かなりハードル上がってます 笑。

いつもは名札の裏に入れてるけど…

公開しちゃったもんね。

頑張るしかないなー、これはもう!笑

毎月報告していきます。


ちなみに、4月の成績は…

1) まだテストなし。

2) 達成!!

3) 達成!!
   以下読了
    「死ぬ瞬間」エリザベス・キューブラー・ロス
   「言葉で治療する」鎌田實
   「看護の実力」村松静子
   「宇宙人としての生き方」松井孝典
   「宇宙で地球はたった一つの存在か」松井孝典

4) テキスト購入のみ。

さーて、以上は学校生活の目標でした。

やったりますかー!





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今日は看護学校に入って初めてのグループワーク発表の日でした。

内容はベッドメイキングトライアル。

先生がたった一度だけ、手本を見せてくれて、

そのやり方に沿っても、

それ以外のやり方でもいいので、

根拠を持って、素早く綺麗に作業する

というのが目標です。

ねらいは根拠に基づいて知恵を出し合うことと、

協力し合うことの大切さかなぁと思いました。

私は昔、嫌というほど

これを現場でやってきたので

今回は縁の下の力持ち役。

どうしたら自分も含めたみんなの良い気付きになり、

身につくかなんて…

ちょっと偉そうですが、

そんなことを考えて取り組んでました。


一週間の間にみんなで4日は練習したかな…

おうちのソファの角で自主練してくる子がいたり、

プレゼンをド緊張しながらも頑張ってする子がいたり、

審査員を公平な目線で厳しく鋭くする子がいたり…

5人が笑いながら、たまにうなりながら、

一週間かけたものが、今日完成しました。


途中、他のグループの完成度の高さや追い上げに

ドキドキしながら、無心で挑んで…

あまりの緊張感に、鳥肌を立たせながら、

「落ち着けー!頑張れー!」

心で大声援。



先生の審査と、生徒の審査の結果、

スピードも完成度も手順書も、

すべてダントツの評価で

ぶっちぎりナンバーワンに輝きました。



いやー、まさかと思ってたから、

感動して泣きそうになっちゃいました。

若いって素晴らしい。

一生懸命って素晴らしい。


写真のシールは1位から3位までが貰えるご褒美です。

名札の裏に貼って、一番貯まったグループには、

何かがあるそうです。

子供騙し!と思いがちですが、

アラサーは両手を上げて喜びました!


目指せ、シールコレクターです(笑)

その先には、絶対シールの数以上のものが、

身について、成長しているはず!


学校始まって、一番基礎の基礎でこの感動。

こりゃ、一生懸命やり続けた暁には…

涙と感動でぐちゃぐちゃになるなぁ。

楽しみだー!



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今日は月に1、2回開催している「医療福祉について考える会」に出席してきた。

学生から大人まで、医療従事者、学生、家族を看取った方など…

色んな視点で話し合う。

その中で今回、若くしてお父さんを看取った大学生の息子さんの話が胸に響いた。


私たち医療従事者は、患者さんをケアの対象とするが、家族のフォローも行う。

しかし、受け持ちの患者さんが亡くなったら、それで終い。

きっとこれが普通のことだろう。

でも、家族はこれからも生きていく。

身近な人の死を受け入れるのは、誰でも時間がかかるに違いない。

しかし、その時に医療従事者がどのように接してくれたかによって、

辛い思いが長引くのか、

それとも時間とともに自然に受け止められるようになるのか…

左右されてしまう。


お父さんを看取った彼は、関わった医療従事者には全体的には

親切にしてもらって感謝していると答えた。

ただ一部の看護師には、嫌悪感を超えて憎しみまで覚えたという。

何を行ったかは詳しく書かないが、その行為や態度によって、

家族は、父親の死後もそれを抱えながら生きていかなければいけない。

外に吐き出してもいい、他人にぶつけてもいい怒りを

「私がこうしなかったから・・・」など、自分に向けて苦しんでしまうことさえある。


彼は、

「感謝で終わるような医療であればいい。

影を落としてしまったらもったいない」

と最期に締めくくった。

医療従事者がどのような思いで接するか、上手い下手ではなく、

心を通わせた看護が出来るか…

これによって、残された家族を救うことも苦しめることも出来てしまうのだ。


今一度、このことについて、医療・福祉・看護を目指す人たちに考えてもらいたい。

私も胸に刻み、忘れずに関わっていきたい。


辛い話を、少しでも役に立つならとシェアしてくれた彼に心から感謝する。

みなさんハチドリのクリキンディの話をご存じですか?

部屋の掃除をしていたら、昔好きで買ったブックレットが出てきたのでみなさんにシェアしたいと思います。
有名な話なので、みなさん知ってるかも…。

この物語は、南アメリカの先住民に伝わるお話です。

森が燃えていました

森の生き物たちは、われ先にと逃げていきました

でもクリキンディという名のハチドリだけはいったりきたり
口ばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは
火の上に落としていきます

動物たちがそれを見て
「そんなことをしていったい何になるんだ」
といって笑ってます

クリキンディはこう答えました

「私は私にできることをしているだけ」

ブックレットにはこうありました。

クリキンディは、小さなからだに似合わぬ大きな勇気を持っていますね。

でも大きくて力持ちのクマは、幼い子グマたちを守るために避難したのかもしれません。

足が速いジャガーは、しかし、うしろ足で火に土をかけることに気付かなかったかもしれません。

雨を呼ぶことができる"雨ふり鳥"たちは、しかし、水で火を消せるということをしらなかったのかもしれません。


私たち人間は自然界に大きな影響をあたえるほどの大きな数になりましたが、ひとりひとりは小さな存在です。

でも幸いなことに私たちは、水のしずくをたくさん集めれば、火を消せるということを知っていますし、その気になれば実行することもできます。

ただ、仕事の大きさを前にした小さな自分のことを見て、つい「そんなことして何になるんだろう」と思ってしまうだけなのです。

クリキンディの話しをしてくれたキチュア人の友だちは、話の後にこう付け加えたものです。

「あまりに大きな問題にとりまかれている私たちは、ともすれば、無力感に押しつぶされそうになります。でもそんな時は、このハチドリのことを思い出してくださいね」、と。

さて、燃えていたあの森はその後、どうなったのでしょう。森は燃えてなくなってしまったのでしょうか。それとも…

なんだか生き方を問われているようで、でもクリキンディが好きで、こんな生き方がしたいなぁと思っていました。

力持ちのクマさんも、足の速いジャガーも、悪者ではないんです。気づかなかったり、守るべきものがあっただけ。


正解なんてないんですね。自分の生き方、さて…




看護学校の授業で教材として購入した本を読みました。

「言葉で治療する」 鎌田 實

最近の医療にとても必要だと思っていたものが書かれていたので、抜粋してまとめました。


p.35
「気がつかれただろうか。この方は息子さんが助かっていなくても感謝しているのである。医療のすごいところである。もちろん、救命した時はもっと何十倍も感謝される。いい医療が行われていると救命できなかったときも、「こんなにまで診てもらえてありがたかった」と感謝されるところが医療の医療たるゆえんなのである

p.37
『残された問題は何かというと、医療を提供する医療者側と医療を受ける国民側相互の関係である。お互いが理解する努力をするということだ。両者が尊重しあい、感謝しあいながら、医療の実践の場で具体的なお互いの意思の疎通を図る努力をしていく大事な時期になってきていると思う。コミュニケーションが大事なのである。」

p.78
「今、悪い環境の中で医療を土俵際で必死に守っている医師や看護師たちももう一回、土俵際に足をがっちり乗せて、ここはふんばりどころである。いい医療をしていくことが誇りになり、やりがいがあって、社会的な評価もきちんとされ、自分たちの心も経済的にも豊かな生活が出来る、そういう医療が行われるときが必ず来ると信じて今、医療や介護の世界のなかに豊かなコミュニケーションを導入していくべきではないかと思っている。医師や看護師や介護のプロは言葉を大切にする必要がある。」

p.91
「「聞く」ことから医療の現場も、教育現場も、親子の関係も、職場も、もっといいものに変わっていくはず。」

p.104
魔法のような杖があるとすれば、それはコミュニケーションという魔法の杖ではないかと思う。治す力は本人の中にある。コミュニケーションを通して、本人自身が気づくだけ。自然と自分で治る方向へ向いていくことが大事なのだ。病気は、そうやって、治るものは治っていく。ちょっとした一言でけっこう多くの人が救われている。」

p.143
「すべての職業にホスピタリティが大事なのではないかと思って書いた。~中略~今、医療の現場は、余裕を無くし、おもてなしの心、相手を大事にする心を失いだしているのではないかと思っている。おもてなしの心を表現するのも、おもに言葉を通してである。」

p.171
「科学の授業をしていたウィリアム・オスラーは、看護学校の卒業式に看護学生にこんな言葉を贈っている。「入院すると、病人を見守る優しい母親、愛する妻、献身的な姉や妹、忠実な友人、みんな病人の周りから姿を消した。今やあなた方ナースが君臨している。そのため、家族から話されたために起こる余病が併発している。なた方看護師が良い看護をしないと、あなた方は単なる侵入者で、強奪者になってしまう

p.179
言葉を大事にして、大事にして、大事にしながら、最期に言葉を超えるところに、医療の魅力がある。いつか言葉がいらなくなる時点がある。分かりあえる。医師と患者さんと家族が、言葉を超えて分かりあえることがあるのである。」


この意識を持った医療従事者が増えたら、今より良くなることは目に見えています。

学校でもこの話しをもっとシェア出来るように、みんなで話していきたいです。

とても読みやすくてあっという間に読めるので、みなさんぜひ読んでみてください(^^)



遅くなりましたが…看護学校入学しましたー!!

入学式が4/6で、昨日までの1週間はオリエンテーション続きでした。

そして、来週からやっとこさ、授業が始まります!!

まだまだ若者の中で落ち着きませんが…、授業が始まったら落ち着くかなーと思っています。

ちなみに、私の学校は現役生の割合が半端なく多いです!!

社会人が82人中7人!!割合でいうと、8%くらいで一割にも満たない…。

後は全員18歳!! ひゃー!! 平均年齢が出ました…平均18.8歳…。10オーバーですが、なにか…


でも、本当に学生になれたんだなーとまだしみじみしてしまいます。

高校を中退してから12年。専門学校でまた学べる日が来るとは…。嬉しい限りです。

金銭的なこととか、勉強的なこととか、身体的な衰えとか…感じることは多々ありますが、

自分が満足するまでやらせてもらわないといけないなぁと思います。

とりあえず、置いてかれないようにがんばります!!


ちなみに教科書…。1年時に購入するのは50冊!!

先日21冊を持って帰ってきましたが…スーツケース持参でも肩がやられました。

よろしくねー、教科書! いっぱい使わせていただきまーす(^^)
みなさん、「梅ちゃん先生」見てますか?
今回は大田区蒲田が舞台で、先月まで働いていた大田区池上のデイサービスではみんな釘付けで見ていることだろうと思います。
私も見てみようと、録画しましたが…私にとって少し考えさせられる内容のようです。

というのも、戦後の何もない時に地域医療に生きようとお医者さんを目指す一人の女学生の物語。
昨年亡くなった私の祖母は、戦争で女医になる夢を断たれた人でした。
... 長崎は佐世保から、一人で東京へ上京し、医学部を受験し、合格。
未来に胸を躍らせていたところ、戦争が始まり、全てが夢の泡となって消えたのです。

祖母の葬式の時に、女学生時代の寄せ書きノートを見せてもらいました。
「久子さん、未来の女医さん!頑張って!!」など、色あせたノートには至る所に、女医になる祖母へのエールが。
戦争でその夢を諦めなければいけなかったという…無念さ。家族も財産も全て失いました。
そして祖父と出会い、母や兄弟を産み、貧しいながらも育てあげ…時が巡って、私が生まれました。
そして祖母が女医を目指した半世紀以上も経った後、私が医の道を目指しています。

祖母の叶えられなかった思いを胸に、勉強頑張らなくちゃ。
そして、梅ちゃん先生も見よう。

近い昔を理解することが最近とても重要に思えます。
自分がここにいるということは、誰がどういう時代に生きて、そして繋いできてくれたからなのか。
私は私だけのものでなく、両親、祖父母、そして先祖の愛の形なんだと、とても思います。

色々な時代を一生懸命生きてきた先祖に感謝することが、自分が幸せと気づく一歩なんだと思います。

私たちはいるだけで、幸せなんです。心より感謝。