先日、松本城に行った理由の半分以上が
この「駒つなぎの桜」を見たいと思っていたからです
そして若くして亡くなった方の最後に愛した地を
見て感じたかった事もあるかも知れません
松本城天守が竣工した時、江戸から加藤清正公が
城見舞いに立ち寄ったそうです
その際、松本城主、石川玄蕃守康長は
清正公をもてなし、清正公が帰られる朝、2頭の馬を
引き出して
「私どもが選りすぐった馬でございます、どちらか1頭
お取りください」といいました
すると清正公は「あなたほどの目利きが選んだ馬を
どうして私如きが選べましょうか
2頭とも頂いてまいります」
と2頭とも貰い受けて帰国されたそうです
これを聞いた人々は、さすが清正公と
関心したという事です
その時、馬をつないだ、とされる桜の木
このエピソードの出典は「加藤清正伝」だそうです
最初に、この話を知った時は
「2頭とも馬を貰って帰っちゃったのに、なんで
さすが清正公・・・となるんだろう」と思いました(笑)
ちゃっかり清正様じゃないのか
と・・・(?_?)
でも2頭とも貰って帰ったのは
清正様の深い配慮からだったようです
康長が選び抜いた2頭の馬の内、もし劣る方を
選べば、馬を見る目が無いと思われる
また、優れた方を選べば残った方が悪い馬だと
烙印を押した事になり
馬が疵物になってしまうし
相手の馬選びの力にも疵をつけてしまう
かと言って「馬は、いらぬ」と言えば失礼に当たる
そこで2頭、貰い受け両方が立つようにした
というのが、このお話らしいです
清正様・・・胃潰瘍とかになりませんでしたか
(;^_^A
と思うような相手に対する気遣い
相手だけじゃなく馬の身も心配しての配慮です
秀吉様が亡くなった後も清正様は
日ノ本のため、豊臣家のため、些細な事にも
心を砕き、民を想い、生きた事を考えると
もとより思慮深い方だったのでしょうね
清正様が馬を、つないだ桜は現在の位置より
もっと西側であったようです
初代の桜の樹齢が尽き、本丸御殿馬見所があった
と思われる場所に二代目の桜が植えられ
「清正公 駒つなぎの桜」として、その伝承は
継承されたようです
そして、この地にも未来永劫、清正様の名前が残る・・・
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あっ・・・間違えた![]()
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