今日は台風の中、映画を観に行って来ました

桜田門外ノ変
やっと観に行けて良かった

今週末から上映が2回になっていたのでギリギリセーフですかね
(;^_^A
ホントは先週、行こうと思ってたんですよ。
帯状疱疹にならなければ…(笑)
正直、幕末には、あまり興味が持てないし桜田門外ノ変と言われても以前はピンとこなかったかも知れません。
この記事にある写真は今回のために撮ったものでは無く以前、訪れて撮影し多分、一度、載せている写真です。
江戸の色々な場所を歩いていると色々な事が繋がっていくものですね。
いえ、導かれているのかも知れないと思う事すらあります。
桜田門外ノ変ですが今回、映画を観て…ああ、こうゆう事だったのか…と
(;^_^A
すいません
歴史の授業、大嫌いだったので基本知識が無いのです
尊王攘夷を唱えた水戸藩藩主、徳川斉昭は開国派の幕府大老、井伊直弼より永蟄居を命じられていました。
事態を憂慮した水戸藩士有志は脱藩して井伊直弼を討つ計画をたてます。
安政7年3月3日、関鉄之介ら水戸脱藩士17名と薩摩藩士1名が実行部隊となり桜田門前で井伊直弼を襲撃、首を打ち落とします。
その後、薩摩藩が京都で挙兵し朝廷を幕府軍から守る手筈になっていたのですが薩摩藩は動かなかったのです。
内容もテーマもラストも重い映画なので以前の自分なら観なかったでしょうね。
こうゆう国を憂い、この国を救おうとした人々の人生の上に私達は生きているのだなぁと思いました。
10日の日に訪れた愛宕神社がある愛宕山は井伊直弼を討つ前に襲撃部隊が集結した場所です。
神社の境内には櫻田烈士の石碑があります。
3枚目の写真は彦根藩の屋敷があった場所から江戸城側を撮った写真です。
ビルが建ち並ぶ側に桜田門があります。
井伊直弼は、この屋敷から江戸城に向かい討たれました。
井伊家の屋敷は、元は清正様のお屋敷ですからねぇ。
清正様の江戸屋敷を巡ると井伊さんが付いてくるワケです(笑)
それとは関係なく井伊家の菩提寺、豪徳寺に行って、お墓にもお参りしていますし
こうなると、やはり「桜田門外ノ変」を観ておこうかな…と思ったのです。
痛そうな映画が苦手な私には流血シーンが多過ぎて、ちとツライ部分もありましたが観て良かったと思います。
水戸の藩士も井伊大老も国のために命をかけていましたが今の政治家は、どうなんでしょうね。
オープニングとラストで象徴的に使われている国会議事堂の映像を見て思いました。


