先月、新聞に「江戸城の石垣、約20ヶ所に普請に携わった大名ら10人以上の名前が刻まれていた事が宮内庁の調査でわかった」という記事が出ていたらしいので(人に聞きました…笑)
ちょっと調べた所、清正様の刻銘があったのは、この辺りでは無いかと…(加藤肥後守の刻銘)
北桔橋門 右側の石垣らしいです。
乾濠の辺りですね。
確かに北桔橋門の周辺は本丸を支える高石垣で、かなり壮観です。
橋から眺める限りでも石に沢山の刻紋が見られて見飽きない場所でもあります。
富士見櫓の石垣も清正様が携わったと言われていますが、はっきり確実に、わからないところがロマンなのでしょうねぇ。
この辺りかなぁ…と想像しながら観るのも楽しいものです。
3枚目の写真、時計台がある辺りが清正様のお屋敷があった所です。
以前、あちらから桜田門の方を撮影した写真を載せましたね。
そんなワケで今回も、やっぱり家康様と清正様の旅でした。
いつも、このパターンですな(笑)
(;^_^A


