手術は夜20時頃始まり、最初の硬膜外麻酔をしてから次第に意識が薄れていき、目がさめると終わっていました。
 術後は、酸素マスクで覆われて呼吸がとても苦しく、でも外すともっと苦しいし、管が入っていたのか喉が痛いしで、直後が一番きつかった。足に巻かれた血栓予防のポンプが暑くて、それも気持ち悪かった。それまで経験したことのないつらさだったと思う。
 翌日説明を受けたのは、左卵巣の嚢腫を取ったこと(卵巣は2つとも無事!)、卵管は水を通してみたけど両方ダメだったので両方取ったこと、お腹の中をいっぱい洗浄したことでした。仕方ないよね…ぐすん。病名は骨盤性腹膜炎、骨盤内が細菌感染で炎症し、免疫力が低下していたため悪化したみたい。確かに、結婚してから何かと忙しくて、あまり休んでいなかった。でも、嚢腫や卵管の異常は急になった訳ではなく、少しずつ進んでいたものだというから、本当に仕方ない、ここからのスタートだと思いました。
 卵管がなくなったことで、妊娠するには必然的に体外受精しかなくなったので、手術はキツかったけれど、ある意味早く気付けてよかったと思います。自然に妊娠できる状態ではなかったのだから、やっと妊活のスタートラインに立てたわけです。
 
  順天堂練馬病院に着いたのは、22時近く、体温を測って、救急診察を受け、お腹を押されたり点滴をしたり、結局その晩入院することが決まりました。
  お腹の痛みと熱で朦朧としながら朝を迎えました。翌日から血液検査、内診、CT、MRIなどをとり、点滴で過ごし、入院から3日程して、お昼頃先生からお話がありました。
  どうやら、腹部内で炎症が起きており、抗生剤でも治らないので手術が必要とのこと。病院のスケジュールで手術はその日の夕方か夜ポーン!
左卵巣に嚢腫がありそうで、両卵管が腫れているとのこと。お腹を開けて、もし状態が良くなければ、卵管を両方取るとのことでした。
  間近に手術しなければならないことと、卵管を取るという現実にショックで、受け入れられなかったです。結局夜遅くの開腹手術となりました。

  今日は不妊治療をはじめるきっかけとなった出来事を書きます。
  結婚前、検診で子宮頸がんの疑いありということで、広尾のクリニックに通っていました。ウイルス検査で、幸い、がん化する危険性のあるウイルスには感染していなかったので、その後は経過観察となりました。ガーダシルというワクチンも打ち、期間をおいて、効果を得るための3回打ち終わりました。
  2014年の5月、通勤中急な腹痛で救急車で運ばれるということがありました。痛くてたまらず駅の通路に倒れてしまったのですが、病院に着く頃には何もなかったようにおさまってしまい、内診した婦人科の先生も???という感じでした。
  その後普通に過ごしていた2週間後の土曜日、朝食の後、また急激にお腹が痛くなり、横になっていました。痛さはおさまらず、夕方夫が広尾まで行って鎮痛座薬をもらってきてくれました。吐き気と腹痛で飲食も受け付けず、夜になって、夫が「病院行く?」と尋ねたとき、直感でこのままだとまずいと思い、タクシーで順天堂練馬病院まで行ったのでした。