都内在住の30歳♀です
少しでも誰かの役に立てばと思い、手術の記録をブログに残したいと思います

まずは、私の潰瘍性大腸炎の歴史をまとめたいと思います。治療、服用した薬など。。長くなります。

2005年 高校3年時 17歳
高3の大学受験時、お腹が痛くて痛くて、血便も出てました。下痢になるのが怖くて毎日カロリーメイトばかり食べてました。本命の大学試験日もお腹が痛くて途中退出、、、(ちなみに奇跡的に合格!)
この時は特に病院も行かず、受験が終わったら治ったのでストレスだろうねーと片付けてました。
今から思えばこれが私の潰瘍性大腸炎との戦いの始まりだった。。

2010年 社会人2年目 23歳
仕事でものすごいストレスを抱えることになり腹痛と39度の高熱が出る。ぶっ倒れることになり仕事を1週間くらい休みました。血便があったかどうかは曖昧。
あんまり覚えてないのですが、町医者的なとこで血液検査をしたらCRPが9あってこれは異常だから、もっと詳しく検査した方が良いと言われたような気がするんですが、しばらくしたら回復したのでまたスルーをしちゃいました


2016年12月 大学院2年目 29歳
2015年4月から2年間仕事を休み学生生活をしていたのですが、2016年8〜12月までスペインに交換留学を

毎日楽しくパワフルに、食事も好きなもの食べまくって生活していたのですが、、
12月にスペインから帰国後ビジネス英語習得のためフィリピンはセブ島へ短期留学

ここから悲劇は始まりました。。下痢、腹痛、そして血便!
はっきりとは分からないんですが、多分生野菜とで何かしらの菌に感染したのが引き金だったんじゃないかなぁと思います。
なんとかフィリピン生活をしのぎ、日本へ帰国。
そこからは下り坂的に悪くなっていってしまいました、、

近所の肛門外科の病院で内視鏡検査をしたところ潰瘍性大腸炎と診断されました。リアドロ錠や整腸剤を処方されるものの全く効果なくどんどん悪くなり。食事の心配もあるので実家のある岐阜に帰省することにしました。

2017年2月 第1回緊急入院 29歳
初めての入院。父の知り合いのお医者さんが紹介状を書いてくださり、実家近くの病院に入院しました。
入院時のCRPは37.31

おったまげ〜
39度くらいの高熱もあり、ぐったりしてほとんど何も食べられない状態でした

困り果てた母が病院に連れて行ったところ、これはやばいと言うことで緊急入院に。
この時の治療は、絶食療法に抗生剤とステロイド。最初経口ステロイド40mgで行く予定だったのですがあまりにも悪いので点滴のステロイドになりました。潰瘍性大腸炎の合併症を起こし足首がパンパンに腫れて歩けず、1人ではトイレにも行けず本当に辛かったです。
点滴のステロイド80mlを続け、回復。その後も絶食は続く。。初めての絶食と入院、辛くて辛くてよく泣いてました

長い絶食の後の流動食

こんな食事でも、とんでもなく美味しく感じましたw
1ヶ月半ほどの入院期間を経て、もう2度と入院しまい、と心に誓い、3月17日の自分の誕生日に退院しました

この後何回も入院するんですけどね...
退院後はプレドニンの減量、そしてステロイド挫傷との戦い。首から顔にかけてニキビみたいな湿疹が大量にできて、すごくすごく嫌でした

お腹云々より、誰とも会う気せず引きこもりの日々。。自分のことをティラノザウルスと呼んでました。笑
ステロイドの減量とともに肌荒れは治りました。

2017年8月 第2回緊急入院 30歳
4月以降寛解が続き、転職もし、普通の生活を送っていました。ご飯も普通のものを食べ、お酒もガブガブ飲んでました。毎日楽しかったー。外来は1ヶ月に1回くらいのペースで薬はペンタサ顆粒と整腸剤のみ。東京に戻ったので、慶應病院に移転しました。
7月に部署異動になり、かなり忙しいポジションになったことをきっかけに生活のリズムが乱れ始める。。7月中頃から下痢が始まりました。自分では仕事が楽しくて、ストレスを感じていなかったつもりでもどこかでストレスが蓄積されていたのか

?もはやよくわかりません。
帰国後、また体調が急降下で悪化をしていきました。
ベトナムでは魚介を堪能。これが当たったのか?
外来でアサコール、ペンタサ座薬、プレドネマ直腸などの薬が処方されなんとか再燃を食い止めようとしましたが、またいつものパターンで高熱が出て食欲が失せ何も食べられないでもがく。。という状態になってしまいました。ちなみに、ステロイドは拒否しました。ニキビや離脱症状が嫌で

この時素直にステロイド使ってたらまた何か変わっていたのかなあ、、なんてたまに思います。
8月末の日、高熱も続き食欲もなくもうヘロヘロで、なんとか病院にたどり着いたら、先生から入院するように言われました。有無を言う元気もなく緊急入院となりました

この時もまずは絶食と抗生剤。そしてプログラフやG-capをやりました。プログラフは私は効果ほとんどなく、、G-capは2回目の時に副作用が出てしまい3回目も同じ症状が出たためストップとなりました
副作用は、言葉で言い表すのは難しいのですが、胸の苦しみ、気持ち悪さ、動悸、という感じですかね。全然我慢できなくて、ギューーーッと胸が押しつぶされるような感じでした。
その後はレミケードとロイケリンで乗り切る方針に。

2017年10月 第3回緊急入院 30歳
退院後もあまり体調は良くなかったのですが、熱が出るようになってきて、39度の熱が続き、40度に達し、、、外来に行くと感染の疑いありということで、すごく嫌だったけどまたしても緊急入院。この高熱については、咳もたくさん出ていたのでおそらく気管支炎では?という診察でした。いつも思うけど熱が出て採血めちゃめちゃして検査する割に結局原因がはっきりしないんだよなぁ、、

この時の入院では、先生曰く最強の内科的治療法であるシクロスポリン(サンディミュン)を使いました。逆に言えばこれが効かないともう他にできる治療法があまりない、とも言っていました。あまりそんなこと深く考えず、とにかくお願いしますという感じで2週間ずっとシクロスポリンを点滴で投与し続けました。この点滴はすごく漏れやすくて、点滴している腕が常に腫れてパンパン。すごく痛かったてす

ただ、さすがシクロスポリンは効果がすごく、打ってすぐ血便が止まり、2〜3日で便も固まりはじめました

これはいける

久しぶりの有形便に感激しつつ、寛解がようやく見えたようで、喜びました。そしてシクロスポリン投与終了後、11月まもなく退院しました。退院後は、ロイケリン30mgで維持することに。
退院しばらく実家で療養することに。母の美味しい手料理のもと、元気をつけていこう!お腹や便の調子もすごく良いし、ようやく寛解か〜長かったなぁ、、なんて思っていた矢先、、、
岐阜にいたためすぐ慶應病院へ行くこともできず、とりあえず電話をしてみたところ、ロイケリンの服用を中止してくださいと言われる

再燃が心配だったけど、副作用が辛すぎたので服用中止。
すると、、、やはり再燃してしまいました。みるみる軟便になっていき下痢状態に

血便も始まりました。。
このまま次の外来まで待つことはできないと判断し、すぐに東京へ向かうことに

束の間の寛解&実家生活となりました。
外来ではヒュミラの投与が開始されました。自己注射の方法とか、丁寧に看護師さんから説明を受けました。練習も何回もしました。問題なく自分で注射でき

私はこのヒュミラと頑張って行くんだ!と意気込んでました。
今思えば、これが最後の内科的治療法だったんだよなー。。

2017年12月 第4回緊急入院 30歳
そして、今回の入院です。
ヒュミラが、私は1回目から正直キレが悪かったのですが、2回目を打った後ははぼ無風という感じで、、効かない。下血、腹痛が続きました。3回目のヒュミラの日、ヒュミラの効きが悪くお腹が痛い旨を伝えると、先生は入院した方が良いと言いました。クリスマスや年末年始が近いこともあって入院がどうしても嫌で、レミケードを打ってしのぎたいとお願いし、レミケード300mlを打ちました。1週間後の外来を予約し、帰宅。
少しだけ調子が良くなり、食欲はあったので、クリスマスイブはお寿司を、クリスマスはピザを食べました

もうどっちみち何食べても痛いのでもういいやって感じで、、、
そして外来の日。結局あまり回復せず、フラフラになりながらたどり着きました。血液検査の結果ヘモグロビンの値が6.1で輸血しないと本当に危ないからとりあえず入院をすべきと。あと、正直もう内科的治療法でできることはない、手術をするしかない。すぐは決められないと思うけど、とにかく家族にも来てもらって一度話しましょう。ということで、、緊急入院になりました

栄養が取れないので、カテーテルを入れてのエルネオパ点滴

すごく長くなってしまいましたが、こんな感じが、私と潰瘍性大腸炎の歴史です
