こんにちは、こが まゆ です。
あるテレビ番組を息子と一緒に見ていて、
やりたくない、できない、と言っている子どもに親が、
「やればできるよ。だって○○はママの子だもん!」
励まそうとそんなふうに声をかけていたシーンがあったんですね。
そこで、息子が言いました。
「やればできる」とかさ、
「だってママの子だから」ってさ、
なんか重いよね。
「励み」というよりかは「呪い」にしかならなくない?
と。
「たとえば、どんな言葉なら励みに感じる?」
と聞いてみたら、
「○○なら大丈夫だよ。」
かな〜って言ってました。
やればできるよ。
大人同士の会話でもよく聞きますね。
まー、やらないとできるかできないかもわからないよね。という意見があるのもわかります。
ただ、そのニュアンスによっては、
私も最初はできなかったけど、できるように努力してやってきた。だから、あなたもできるように努力したらいいよ。
無言の圧のような、そんな意味合いに聞こえる場合もあると思います。
相手に伝わるのは言葉そのものじゃなくて、その言葉に乗せている意識ですからね〜。
言う側の意識によっては、
「やればできる」は、励ましというよりかは重りになるのかもしれませんし、
「頑張ればできる」も、きっと同じカテゴリーに入るんでしょうね。
子どもは多かれ少なかれ親の期待に応えようと頑張りますから、
がんばってやっているところに、
「やればできる」と言われると、「もう無理だよ」と心が折れてしまうこともあるかもしれませんね。
もう疲れた。
やってもできない。
親はわかってくれない。
一人ぼっちで孤独な気持ちを感じているかもしれません。
だからこそ、お母さんの口から出るのは「大丈夫だよ」だけでいいのかもしれないなぁと思います。