次の日も再び、高速で3時間の覚悟で家を出る車

実際には2時間ちょっとだったけど昇天


でも、直前まで電車で行こうかと悩んでいたが、車の中で聞いていたラジオで、乗ろうと思っていた路線で人身事故の為大幅な遅延とのことだったので、危なかったーガーン


葬儀で遅刻なんてあり得ないからね驚き


思ったよりも早くに着いたので、近くのファミレスでモーニング☕🍞🌄


次男は昨夜ほとんど眠れなかったらしく、車で爆睡😪💣️💤

ファミレスに着いても『食べたくない、寝てる』

と言っていたのに、いざ私と長男のモーニングプレートが運ばれてくると

『俺もやっぱり食べようかなぁ』と、大好きなラーメンを朝から食べてた笑い泣き


食べ終わっても、もう暫く時間はあるなぁー…って感じだったので、暇潰しにグランドメニューを見ながら

1ページずつ

『お母さんがこのページで食べたいのはどれでしょー?』と子ども達に考えさせ、3人同時に

『せーの!』で指を指す


ページごとに、長男や次男の好みの物を考える…と回していった。


相手の好みをどれだけ知っているかというどーでも良いくだらない遊びをして過ごす笑い泣き


意外と子ども達の好みの物が変わっていたりして、なんだか成長を感じたし、この後気持ちが落ちてしまう前の和やかな時間だった。


時間がきて、斎場に向かう車


葬儀は義理母、義理妹、義理弟、弟の奥さん、義理母の亡くなった旦那さんの妹と私達3人…


お坊さんにお経をあげてもらい、棺の中にそれぞれ入れてあげる。


棺に何を入れようか悩んだけど、子ども達の事を忘れないでほしい。

しっかり見守っていてね。

という思いで、昨夜長男とアルバムを引っ張り出して写真を探した。

私としては子ども達だけ写っている写真で良かったんだけど、長男は

『4人で写ってる楽しそうな写真がいいな…』

とのこと。


でもさぁ、4人が写る写真って誰かに撮ってもらわなきゃないわけで…


そして、次男が2才になる前には別居してるからそんなに一緒に過ごした期間もない…


せいぜいあるのは、お宮参りや七五三の写真館での写真でみんなかしこまった表情の物ばかり…


唯一あったのは、

当時、長男が1才6か月頃までは毎月

その後も何か節目の時にはみんなでプリクラを撮っていた。

4人で撮った最後のプリクラが残っていた。

落書きには

『長男、明日で6才!』

の文字

これが最後のプリクラだった…


みんな楽しそうに、そしてふざけた変顔をしたり幸せなプリクラ…


それを棺に入れ

『おまえ、死んでも父親なんだからな。

こいつらのこと忘れるなよ。ちゃんと育てるから見てろよ。』

と泣きながら入れた。


それからずっと頭を撫で

一人ひとり最後の言葉をかける時は、子ども達は小さな声で

『ありがと』

とポツリと言っていた。


私は出会って27年、寂しい思い、優しくできなかったことへの謝罪と、出会ってくれてありがとうの感謝の言葉を伝えた。


今思うと、結婚する前、付き合っている頃が幸せだったのかもしれない…


義理母は涙を流しながらも、気丈に振る舞っていた。


30年程前に事故で旦那さんを亡くし、喪主になり…

また息子の喪主になる…


義理母の気持ちを思うと辛く、でもその辛さは私の想像を越えるものなのだろう。


そして、まだ私でも経験していない親の死をこんな年齢で子ども達が経験している。


亡くなったことも辛いが、その思いを考えることが辛かった。