引き続きのママです
119に電話したとき
「娘は チアノーゼがでてるから すぐに酸素マスクをつけてほしい」
と、言ってから電話を切った
隊員さんたちは、いつもの知ってる方たちじゃなかったけど
到着してすぐに酸素マスクをしてくれはった
ここでも慌ててる私
酸素をはかる前に とりあえず酸素マスクをつけてくれようとした隊員さんに
「お母さん、いつもなんぼの酸素流してる?」って聞かれて
「100です!」
って答える私 笑
すぐさま「違うよ なんリットル?」って聞かれたんやけど
酸素の値は、100を目指してるけど
そのために何リットル流してくれたはるかなんて わからん![]()
そして次に、最近 運ばれたんはいつ?って聞かれて
私 「7月です!」
隊員さん 「じゃあ、去年やね」
私「(ちゃうちゃう、ちょっと前に発作おきてたし)
違います、今年です!」
隊員さん 「お母さん、今 5月です 落ち着いて」って
あ、ほんまや
私が、一緒にいたときのみおの最終発作は7月やけど
私が働いてるときに発作おきてるやん
あれ 何月やっけ?
気づけば 救急車に乗った時にいつも渡してる
救急カードも
搬送先の病院のカルテも全部忘れたー
と、すったもんだで病院到着
こんな日に限って いつものお医者さん
(ここの病院は何度も運ばれてるから
ERの先生はみんなみおを知ってくださっている)じゃなく
非常勤の当直の先生![]()
見た目 、頓挫したように見えるけど
また発作がおきるかもしれんからルートを確保してください
ってお願いして
処置中 私が離れている間に二回目の発作
3分の全身 強直→間代発作
眠ったように見えて 15分後くらい
2回目の間代発作 1分 ドルニカム やった
で、初めましての先生は
意識の戻りが悪いから
念のために CTと髄液も検査しておきましょう
と、いうことで 検査をお願いすることになった
エスクレと、ドルミカムを使っているので
判断が難しいんやけど
念のために・・・って
髄液検査で再び、ERから私は退室させられたんやけど
意識が朦朧としてるはずのみおの激しい泣き声
入室の許可が出て みおの側にいくと
顔の毛細血管が切れて
顔じゅうが斑点みたいになってる
痛い思いしたんやな
普段 痛みに鈍感で 痛くて泣くことのないみおが
こんなに泣くなんて よっぽど
私も泣ける
なんなんだ この病気
そして、深夜 入院することになったのです・・・・・
1泊 1万円の個室に
淡路島の宿のはずが・・・
キャンセル代を払い 狭いパラマウントベットで
発作にすぐ気づけるように
みおの手足を触りながら・・・
次の日、目が覚めたみお
「オシッコ 出る」 って
良かった ちゃんと喋れてる
点滴に、サチュレーターにいろいろ線につながれてて
ふらふら、ぐずぐずで トイレに連れて行くのがめっちゃ大変
個室にトイレがついててほんま良かった
その後、絶飲食が解かれ
みおに 「なに食べたい?」って聞いたら
(プリンかな? アイスかな? 今日は特別に好きなもの
買ってあげちゃうよ と、思ってたら)
みお 「・・・ お肉」
えーっ
肉ですか 笑
ま、それでこそみお 笑
はぁ~あ 大変やったけど
淡路島で発作おきんと 自宅でおきてくれてよかった
幼稚園でおきずに 自宅やったしよかった
私が、そばにすっとついておける休日でよかった
なにより みおが生きててくれて よかった
こうして、2泊3日 病院で過ごし
今日、退院できたのです
あー、明日から怒涛の仕事やー![]()
ってのを昨日更新する予定が
一日遅れましたテヘ
















