お通夜、お葬式、初七日が過ぎて行った。



あっという間だったという記憶しかない。



ママの時間は止まったのにこっちはどんどん前に動く。




悲しみの淵に立っていてもどれだけ苦しくてもお腹は減る。



私の身体はご飯を食べ、かろうじて眠って、生きようとしていた。



生きている実感もないのに私の爪や髪は伸び続けた。




パパは仕事に戻ってお姉ちゃんも自分の家庭がある。



私だけがいつまでも現実の世界に戻れなかった。



鏡を見たら生きているのに死にかけの虫みたいな顔をしていた。





人が死ぬということは知っていた。

私だっていつか死ぬ。

けれど死ぬって何か知らなかった。




永遠にいなくなるってことはもう話せなくなるってことだ。

一緒にごはんを食べれないってことだ。

一緒の空を見れないってことだ。

大好きってもう言われないことた。

不安でどうしようもないときに「ママどうしよう」って言えないことだ。





LINEはあの日から止まったままでメッセージを送ってみても既読になることはない。



ママって呼んでみてもそこには空洞しかない。



 

地球が生まれて人類が生まれて今までたくさんの人が死んできて、地震や戦争でもたくさんの人が死んできた。



でも一千万人が死のうが、一兆人の人が死のうがそれをひとまとめにしても、たった1人のママの死の方が私にとっては大きい。




正気を失った体から体重もスルスルと落ちていった。


カスカスの茶色の葉っぱに変わり果てた木々を見て、自分も枯れ果てていることを実感する。



空は青い。

悲しさを吐き出したら全部吸い取ってくれそうなほど青かった。




けど、あのときは

痛みで寂しさで悲しみで混乱していた。




だから生きているのが嫌だった。




生きているから今すぐシニタイ。

ここからニゲタイ。





このあと、私は解離(私は解離性障害、転換性障害を持ってます)を起こして意識をなくしてしまい、約2週間入院しました。