6年目 | yuma-story☆急性骨髄性白血病のこと

yuma-story☆急性骨髄性白血病のこと

2010.4 急性骨髄性白血病.約2年の治療・自宅療養.
明けない夜はない!
一歩ずつ,半歩ずつ歩いていこうと思います.
→2019.4拡張型心筋症で入院.今は自宅療養中.これからどうなるの?

12月に投稿しようと思っていたのに、もうすぐ3月。

昨年11月に無事6歳になることができました。
節目の受診も終えました。

節目の受診の日、看護師さんの長期フォローアップ外来も受けました。
この外来、移植して6年も経っているし、症状もないし、入院当時の看護師さんが担当じゃないから受けなくてもいいかなーと思ってました。
でも、受けてよかった!

今回の看護師さんは移植当日に担当してくれた方で、6年も経っているのに、私のことを色々と覚えてくれていました。
最近の生活や健康状態、入院中のことを色々話しました。

移植当日のこと、3.11の日のこと、GVHDで入院期間が長かったこと、心不全で再入院したことなど、看護師さんにとっても忘れられない患者だったようです。

移植当日、輸注し始めてすぐにアナフィラキシーになってしまい、呼吸が苦しくなって、身体中に蕁麻疹がでて、夜中までかかってしまいました。本当にたいへんな移植で、「人はこうやって死んでいくのか…」と考えたことを覚えています。
「移植でこの世にいなくなるかもしれない」という覚悟をしていたからか、冷静でした。無事朝になった時、看護師さんが「明けない夜はないですね」と言ってくれたことは忘れられません。

移植後も発熱や下痢がずっと続いていて、今思うと辛い日々でした。でも、その時の私は「時間が経つのを待つしかない、耐えることしか今はできない」と自分自身に言い聞かせていました。
あと、自分より他の患者さんの方が辛い思いをしているように見えていました。
だから頑張れたのかもしれません。

3.11の日のことも忘れられません。
阪神淡路大震災を経験しているため、数分間続いた大きな揺れから過去の映像を思いだして、パニックになっていました。揺れている最中、看護師さんがずっとそばにいてくれたことを覚えています。

症状も落ち着き退院したあと、1ヶ月も経たないうちに心不全になり再入院しました。
この時のことを思い出すと、今普通に生活できるようになって本当に良かったと感じています。
心不全での入院期間は1ヶ月ほどで、その後は大きく体調を崩すことなく過ごせています。

体調は落ち着いていたけど、退院後いろいろな思いを抱えながら、ここまでやっと来れたと思います。
辛くて苦しい気持ちがいつまで続くのかと、明るい将来が全然見えて来ない時期もありました。

こんな話を看護師さんと話しているうちに、久しぶりに泣きました。最近は病気のことを話す時、もう泣かなくなってたのに。
心配されるのが嫌で、病気に負けるような気がして、辛いとか悲しいってことを強がってあまり口にして来なかったけど、こんな風に伝えて分かってもらいたかったのかもしれません。
当時のことを知ってくれている看護師さんと改めてお話しできて、本当に良かったです。

来年以降も元気で頑張ってることを看護師さんに伝えたいので、面倒くさがらずフォローアップ外来を受診します笑


時々ブログをチェックしていると、いつもは1桁のアクセス数が、2桁になっている時があります。
たぶん、同じ病気の方が過去のブログを遡って見て下さっているのかな?
節目でしか書いてないですが、これからもよろしくお願いします。
では。