ある日を境にご飯を持ってくる人が来なくなった

 

いつもは手袋をして、ぼくにさかなやいか、かいをくれる人

いかやかいはちょっとだけ苦手だから毛づくろいをする隙にぽいってしちゃうけどね

 

ぼくはクータン

 

のとじま水族館ってしってるかな…?そこで生まれてからいろんなお部屋に引っ越ししてたんだ

 

いろんな水族館へ行ってはいろんな子と仲良くしたりしてたんだ

大阪に行った時は女の子二人がいつもそばにいてくれて、そんな二人が大好きだった

 

冬には写真を撮ってもらって、大好きな子からはいつもご飯を分けてもらったりしてお姉さんなんだけどとってもかわいい子

もう一人はうんとお姉さんで氷が好きで少しでも近づくとパンチが飛んでくる…痛くなかったけどパタさんには呆れられてたかも?

 

どうしても新潟に帰らないと、っていう事になってそんな中で引っ越しは完了した

 

ずっと3人と大きなおさかなさんと泳いでいたのに急にひとりぼっち

 

 

ぼくはそれからずっとひとりで毎日を送っていた

 

でもいつの間にかごはんを持ってくる人は来なくて

 

ぼくの部屋を見ている大勢の人も減っていったんだ

 

ときどき見に来てがっかりしてる、ぼくはここにいるよ

 

 

ある日はなんだか板があってぼくからは見えなくて、見ていく人は悲しそうだったな…

 

でもそんな毎日の中で突然透明な壁がとんとんって鳴ったんだ

 

分厚い透明な壁の向こう側にすっごく大きな体をもつトドくんやお隣に住んでた大きな目をもつアザラシくんが待ってた

 

……そっか、この部屋の外にでられるのか

そんなことを思っているともう一度こんこんって小さな音が聞こえた

 

 

パタさんだ

 

大好きで

離れたくなくて

ずっと忘れられない

 

大事なパタさん

 

ぼくはいつの間にか部屋から出られた

 

 

また会えた……!

 

 

 

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私の推しラッコのクータンは2020年の3月23日にこの世から旅立ちました。

2001年5月28日にのとじま水族館で生まれ、そこからアクアマリンふくしま、マリンピア日本海、当時の須磨海浜水族園、海遊館、2013年にふたたびマリンピア日本海に戻ってきました。

 

ラッコの移動は繊細でほんの少しの温度差でもヒートショックで体調を崩しそのまま旅立ってしまう事や、冷蔵車が10℃以下になるので冷たい空気が肺に入ってしまい肺炎を起こしてしまう事も多いです。

伊豆三津シーパラダイスに初めてラッコがきたときに出版されたようこそラッコたちという本は隠れた名作です。

そんな中で5か所の水族館を6回も引っ越しをしてくれた強い子です。

 

2025年4月現在、日本の水族館で見られるラッコは鳥羽水族館のメイちゃんとキラちゃんの2頭です。

よくメディアで最後のラッコ、もう見られなくなると報道されています。よくよく考えると寂しい気持ちになる前に今を頑張って生きている2頭と水族館、飼育員さんに失礼な話だな…なんて考えてしまいました。これは個人の感想なんですけどね。

できたらラッコが見られなくなる!見に行こう、となったあとにどうしたら今のラッコの現状をよくできるのかと考えるきっかけになったらうれしいぁ、と思っています。

 

あまり好まれないですが頑張ったクータンは今、ゆっくり休めていたらいいなぁ…と思って先日の5回目の3月23日を迎えました。

 

話の中で出ていたパタさんは大阪の海遊館で人気者だったラッコです。

かわいいと今でも人気です。

アツアツの夏|海遊館とつながる|海遊館

 

 

 

 

 

今いるラッコだけでなく過去に日本で精一杯生きていたラッコたちを少しでも残していけるといいなぁ、と思っています。