Amish(アーミッシュ)の美しさ
Amishってご存知ですか?
こちらのサイトが、日本では恐らくほぼ唯一!と言っていいほど「実体験に基づいて」まとめられたサイトだと思います。
さらに、このサイトのオーナーである、山中麻葉さんの著書が
これです。
アーミッシュ、とはキリスト教の一派で、「再洗礼派」の1つ、メノナイトに属する方々のことです。16世紀ごろに、宗教改革の波に乗ってはっきりと誕生したと言えるのではと思いますが、カトリックで当たり前に行われている「幼児洗礼」をよしとしなかったこともあり、異端扱いを受けて新大陸に逃げてきた、というのがいわゆる簡単な説明になるかと思います。
じゃあなぜその人たちを「美しい」と感じるのか。
それは彼らの、極端なまでの「Modest(控えめ)」な、シンプルさに惹かれたというのが、その理由の1つでした。
たまたま、図書館で見つけたのが「アーミッシュカントリーの美しい暮らし」だったので、それを手に取って読み始めた時(写真がいっぱいなので「眺めた」が正しいのかも!)
「なぜこの人たちはこんなにも美しいのか!」
と思って、とても惹かれました。
「身体の露出を機能的に邪魔にならない程度にできるだけ控える。」
「文明の利器とはできるだけ距離をとる」
大きな特徴はこの2つかな。と思います。
「基本」電気、ガスを使わない(というより「通していない」という方が正しそうです)。流行のファッションをせず、コミュニティは全員が同じドレス、シャツにサスペンダーズボン。男性は顎髭に髪もシンプル。女性は髪も束ねてボンネット(キャップ)に入れている。そして、皆同じ格好です。
それは「虚栄心」「自己顕示欲」を抑えるためのもの。
だそうです。
Amishにも「ニューオーダー」「オールドオーダー」「シュワルツェントルーバー」「ビーチ」など色々な派があり、それぞれに服装や、色々な電気機器との距離の置き方も様々なのだそう。電気を使うことをOKとしているニューオーダー。電話はおくけれども家の中ではなく、外にわざわざ小屋を作って置いているコミュニティ(家族の時間を大切にするため)。昔ながらの水を回す羽根のついた洗濯槽と、ローラー式の絞り機はOKのコミュニティ。それぞれ様々です。
私は特に、女性たちの「シンプルな美しさ」にグッと心を掴まれました。
みんな同じドレス。キャップ。足には黒のタイツ。
女性としての魅力をグッと前面に出してはいないのに、シンプルで、美しい。
「私もこんなふうにシンプルに美しくなりたい」
そう思わせるだけの美しさです。
中東で感じていた「安心感」
10年ほど前まで、私は仕事であちこちの国に行っていました。今では知る人ぞ知る(笑)。
その中で、現地の格好で仕事をするというのが私のスタイルでしたが、その中でも中東ではもちろんマナーとしてヒジャブを被っていました。
が、それ以上に、全身をきちんと覆って、きちんとヒジャブをする(ただ巻くだけでなく)。それだけで感じる「安心感」というものが忘れられないほど心に残りました。
「日本でもヒジャブを被りたい」
そう思うほどでした。
もともと私はそれほど器用な方ではないので、髪のまとめ方にはとても苦労していて、普通にポニーテールを結うか、ヘアスティックでクルンとまとめるのが関の山。あるいは大きめのシニヨンを作って、止めるくらいなものです。なので髪のおしゃれにもそれほど興味はありませんでした。
いや、ズボラでヒジャブをしたい、とかではなく…。ムスリマファッションで日本でも過ごしたい、と思うほどに、その「美しいところは、家族や大事な人にだけ見せればいい」という考え方に共感した、と言えます。
かと言って…日本でムスリマファッションをしたら、完璧に「ムスリマ」なので、それはイスラームを信仰している人への侮辱にしかならないのでは…と普段通りの格好をしながら、ずっと来ていたのです。
次第にそれ以降、日本でも、東南アジアで作ってもらった長めの巻きスカートを履くようになったり。少しずつ「なんとかならできないかなあ」という気持ちは変わらず。
それでもジーンズにTシャツな私服は変わらず。
なぜそんな格好がしたいのか
私はそもそもカトリックです。欧米は、カトリック、プロテスタント問わず、キリスト教徒の多いところだと思いますが、格好はModestとは程遠いもの。
かく言う私も、学生時代は(笑)笑ってしまうくらいの格好でした、はい。
そんな私が仕事で初めての赴任地が中東でした。どんな格好をしたらいいんだろう?と考えて、調べた結果、とりあえずヒジャブだけは持っていたほうがいいと判断してヒジャブとアルアミーラだけは持って行ったのを覚えています。
そこで目にしたその「信仰ゆえの「慎ましさ」」(ええ、もちろん、アバーヤ(ムスリマの方々の黒いコート)の下がド派手なのも知ってます(笑))に、とても惹かれていきました。
「自分は、この格好で心地よいか?」
と、自問するようになっていったのです。
キリスト教徒でもこういう人たちがいる!
転機となったのはそれからおよそ7年ほど経ったある日のこと。出産して、男子の子育て。走り回り、川にも入り、ジャングルジムにも登る。もはやそんな格好は無理だ、と諦めていた頃です。何で知ったのかそのきっかけも思い出せませんが、たぶん、私の守護聖人「リジューの聖テレーズ」のことを調べていた時に知った、「酒井しょうこ」さん。考え方がとても環境に優しい。色々なことを知り、
この本を買い求めました。そうしたら、とてもシンプルでとても美しい。
その中にそのシンプルな生活のモデルにしたのが「アーミッシュ」や「シェーカー」という人たちらしい、と知って心に残っていました。
「アーミッシュ」も「シェーカー」も、その時初めて聞いた言葉だったのではないかなと思います。そのしょうこさんのご本を図書館にも探しに行ってみました。そこで出会ったのが前出の「アーミッシュカントリーの美しい暮らし」でした。
一言で言って「衝撃」でした。
こんな人たちがいるんだ。キリスト教徒でもこんなModestな服装で暮らしている人がいるんだ。それが子どもから大人までなんだ。なんて美しいんだろう。
シンプルかつ簡素。そしてその「信念」と「信仰」に裏打ちされた服装やライフスタイルは、私の求めていたもの。そして「キリスト教的」。まさに「運命的な出会い!」だったと言えます。そして、どうしたらこのスタイルを実現できるのか、を求め始めたのです。