意見を言う、感じたまま発言するという事が、いかにハイリスク・ハイリターンか思い知った気がする。

その子の事は嫌いじゃないけど、その子が大事なら本音でものを言ってはいけないのだ。

難しい質問には答えないほうが良いんだ。
何もしない、が最上。

不平不満の源である、その子の夫も案外それが分かっていて、やむを得ずその子を傷つけてしまっても、疎ましく思っても、存在が重くても、傍にいることは止めないんじゃないか。

親からの虐待で完璧でないと存在してはいけないと思いつめるその子には、たとえ無関心過ぎる夫でも、ただそこにいてもいいという許しがあるだけで救われているのかも。

私はもう、この子のブログに意見を書くのはやめます。

もう既に失言だらけだし、彼女に他人に依存するな完璧を求めて期待するなとも言った。
もう彼女から頼ってくることは、恐らくないだろう。

言いたい事は全部言ったので、彼女にとっては災難と思うが、私に後悔はない。

私は沈黙の人になります。
トラウマ持ちの子にブログ上で意見して、キレられた翌日。

あえてその子の発言に対して反論はせずに、超・日常的な日記をmixiに書いたらその子から普通にコメントがきた。

なおその子のトラウマブログはmixiで公開してるわけではありません。

あれだけ私の発言でキレた後に、何事もなかったかのようにコメントしてくるなんて理解し難い。
トラウマブログも更新されてるかも、と思い確認すると、薬の多飲で精神的自殺を試みたと、コメントの10分前に書いている。

……そういうコンディションで、よく私の日記にコメント付けようと思えるよな。
ふつう、傷つけられた相手には近付かないものじゃないの?


不可解。
不可解。


旦那にどーいうことだと思う?と聞いたら、強がりたいんじゃないか、と言った。
トラウマブログのその子と、mixi上のその子は別人格で、ブログ上で語る内容は恐らく自分の都合の良いことだけ書いている。
だからあまり熱くなるな、とも、言われた。

うちの旦那はいつでも冷静な意見を言うので好きだ。

その子の心境を推測するに、傷つけられることよりも、距離を置かれる方が嫌なんだろうと思う。
寂しさ故の強がり。
孤独。
たとえば貴方の友達にトラウマ持ちの人がいるとする。

その人は結婚していて、はじめは相手もトラウマを理解しようとしていたが、夫婦生活が困難になるほどに擦れ違うようになってしまった。

だがトラウマ持ちの子はトラウマを克服さえすれば関係が改善すると思っている。

あなただったらどうアドバイスしますか?

私は、励ますどころか叱咤してしまいました。

トラウマさえ治ればって……そんな簡単にいかないだろと私は思ったので。
そもそも、トラウマ持ちだと分かっていて結婚したはずなのに、それでも駄目になってきているんだ。

自分が悪いと責め続けるのはナンセンス。
死ぬしかないと思いつめるのは、自殺することで周りにアピールして、復讐を果たす、という恨みがましい行為だろうと感じる。

こんな私はきっとこの人からすれば、よき友人とは言えないだろう。

かなり疲れたよ。
その人に言った言葉を撤回するつもりはさらさらないけどね。