今日は大宮vs神戸に行ってきました。
前節の柏vsG大阪もそうでしたが、
ここのところ、各チームの戦術理解度と連動性が
非常に浸透していて、攻守にミスの少ない白熱した
試合を見ることができました。

試合は1ー1のドロー。
内容、結果ともに妥当なものでした。
神戸で光った選手は、MFの小川。
弱冠18才というだけあって、勢いに乗ったら
止められないタイプ。
特に後半に入ると、ハーフタイムにはっぱを掛けられたようで、
ガンガン、サイドをドリブル突破していました。
その姿勢はバランスがよく、ドリブルスタイルは宮市のような感じ。
神戸の先制点はまさに彼のドリブルクロスから生まれています。

大宮のほうで目立ったのが、いぶし銀の金澤と
最近暴走気味なイチョンス。
まず金澤のほうですが、展開力のある上田に隠れ気味ですが、
彼の動きはまさに職人。
とにかくミスが少なく、献身的。
カウンターを食らいそうな危ないシーンではいち早く
相手に寄せて、コースを限定させたり、
バウンドの難しいボールを相手の目前で
頭でつないだりと、要所をきっちり締めてくれています。
$してきサッカーろん
一方、イチョンスですが、
彼はかなり空回り気味。
積極的にゴールを狙う姿勢は評価されるのかもしれませんが、
彼のシュートミスによって、相手がどれだけ助かっていることか。
つまりもっと大きなチャンスにすることができるのに、
味方の上がりを無視して、シュートを打ってします。
今日なんか、チームの約半分に当たる、8本のシュートを打っていました。

それでも面白味のあるゲームだったことは確か。
ただお客さんが五千人代というのは、厳しい。
もともと1万4.5千人しか入らないスタジアム(NACK5スタジアム)なんで
いつも満員の中で試合をさせてやりたいところです。
せっかく良い試合をしてるんだから。
今日はとくに仕事という仕事をしていないので、
「過去3」を書こうと思います。

「過去2」までは母と祖父の入院と
父、親戚との対立を書きました。

父と叔母が激しい口論をした翌日、
父は「引っ越しするしかないな」と言い、
会社を休み、車で家を出て行きました。
父は、私と兄の3人で暮らす家を探しに行ったのです。

私はもはや今の家にはいられないだろうと思い、
学校で親しい友達に別れを告げました。
「たぶん引っ越しすると思うから……」
私は家庭の複雑な事情を説明するわけにはいかないと思い、
引っ越しの理由は何も言いませんでした。

しかし夜遅く帰ってきた父は、
引っ越し先のことは何も口にせず、さらにその翌日も語りませんでした。
そして数日後、東京の病院に入院している母から
電話があり、「突然、父が病院を訪れた」ということを教えてもらいました。
引っ越しについて、父も父なりに悩み、
母に会いに行って、相談したのかもしれません。
でも想像ですが、
父は叔母との口論のことを、自分からは話していないと思います。
日に日にやせ細っていく母に、
そんな重要なことを伝えることは、精神的に難しいはずです。
正直、その頃の母の病状は、深刻だったのです。

体調不良で入院・手術した祖父は、回復し、
再び祖父、祖母、父、兄、私の生活が始まりました。
祖父は体力的に衰えてはいましたが、
毎日のお祈りを再開しました。

繰り返される憂鬱な日々。
祖父と父が居間で2人きりにならないようにと、
私は常に2人の間にいました。
どちらの味方にもなってはいけない、
どちらにも味方にならなければならない、
なるべく均等に、祖父、父、両方に話しかけながら、
生活しました。

毎日40分にわたる念仏を唱える時間は、
まず祖父が何も言わずに、仏壇の前に座ります。
父はそれを見てもテレビを見続け、
念仏を唱え始めても動こうとせず、
いつも残り10分くらいに顔を出していました。
私は、祖父に合わせてすぐに動き出すと、
父が不愉快に思うのではないかと思い、
父の様子をうかがいながらも、
トイレに行ったりして、雑用をしている振りをして
5~10分ほど遅れて、
仏間に向かうようにしていました。

祖父にとっての念仏は、母の病気の回復を祈る気持ちがありましたが、
現実的な父には、
祈りが病気を回復させるとは思っていなかったようです。
そして私にとってのその時間は、
「祖父、父の仲がどうかうまく行きますように」という祈りの時間でした。
祖母は私とまったく同じ気持ちを抱いていました。
もう祖母は亡くなってしまいましたが、
晩年、寝たきりになっても、常に「家族みんな仲良く」という言葉を
繰り返していました。その言葉は遺書にも残されていました。

そして、私が小学4年生になったばかりの頃、
母は東京の病院で息を引き取りました。
33才という若さでした。

祖母、2人の妹は遺体にすがって号泣していました。
人はあれほど泣き崩れることができるのかと思うぐらい、
大声を上げて遺体を揺すって泣いていました。
私には衝撃的な光景でした。
私はまだ人が死ぬということがどういうことなのか、
はっきりわからなかったんだと思います。
小学2年生の頃から、母はほとんど家にいませんでしたし、
抱きしめてもらったり、楽しい会話をした覚えもありません。
それを母に求めようとしても、できないことはわかっていました。

今ある現実の苦痛は、母からの愛情がもらえないということではなく、
家族の不仲を何とかしたいということでした。
母の死で悲しみは増しましたが、苦痛がそれで和らぐことはありません。
それは感覚でわかっていました。

祖父は母がなくなってもなお、
毎日のお祈りをやめようとはしませんでした。
悲劇はこれで終わりではなかったのです。

ここで少し私の小学校時代のことを書きます。
私は「母が病気をしているかわいそうな少年」という目で
見られていました。
先生方もそうでしたが、特に親御さんからの声は本当に多かったです。
「お母さん、早くよくなるといいね」と私にはいい、
自分の子供には、「○○くんみたいに、ちゃんとしなきゃダメじゃないの」と
言っていました。
それは私にはすごいプレッシャーでした。
「母がいない=素晴らしい子」
私の頭には、こうインプットされていました。
学級委員に推薦され、4年生から学年で1人だけの
児童会委員もやらされました。

ここでは本当に正直に書きますが、
そんなプレッシャーの中でも、私にはそれに打ち勝ち、
立派な人を演じる力、
優れた仮面をかぶる能力がありました。
勉強は常にクラスでトップ、
運動神経もよく、マラソン大会は常に1位、
学年で唯一、スポーツテストで満点合格を取っていました。

家族の不仲も優等生になろうとした要因であったと
今では思っています。
その辺はまた書くことにします。



あと数時間でU-22日本代表がU-22クウェート代表と対戦しますが、
U-17も今メキシコで奮闘中です。

あまり話題になっていないのも仕方ありませんが、
高校生年代のU-17日本代表が今、
U-17ワールドカップを戦っています。
$してきサッカーろん
現在グループリーグを2戦終えて、
1勝1分け、勝ち点4の2位。
グループリーグを戦っている4チーム中、2位以内に入れば
決勝トーナメントへの進出が決定し、
3位でも、全6グループの3位の中で、上位4位に入れば、
上に進むことができます。
ということで、グループ最終戦はアルゼンチンとの戦いですが、
ここまで勝ち点4を積み上げているので、
次への切符はほぼ手中に捉えたと言ってもいいでしょう。

このU-17代表ですが、他国との比較で言うと、
典型的な日本代表のチーム。
というのも、パス回しはうまく、運動量もある、
組織的で連動した動きができると、まさにA代表とうり二つで、
おまけにゴール前での慌てっぷりもそっくり。
つまりシュートが下手くそで、ゴールへの意欲が低いということ。

そんな中でも私の注目が、185センチの長身DFでキャプテン岩波拓也と
160センチ代のFW松本昌也。
二人とも2年前のU-15の大会で活躍した選手で
その大会で、強烈なインパクトを残していました。
岩波は同年代ではズバ抜けた身体能力と、強烈なキャプテンシーの持ち主で、
ヴィッセル神戸U-15をアディダスカップ優勝へと導きました。
松本はファーストタッチのコントロールと抜群のアジリティーで
狭いスペースでもスルスルと突破できるテクニックと
素早い判断力を有していました。
松本が所属しているJFAアカデミー福島はU-15プレミアカップで
優勝こそ逃しましたが、大会MVP級の活躍を見せていました。

U-17代表にはよく知る菊原志郎さんが
ヘッドコーチとして帯同しているので、
その面でも、個人的に注目しています。

テレビのスポーツニュースでは
まだ10秒程度の扱いですが、
どんどん勝ち上がって、
選手、監督インタビュー付きの試合ダイジェストを
放送せざるを得ないほどの活躍を見せてほしいものです。
いやはや、素晴らしい試合でした。
柏vsG大阪のことです。
Jリーグを取材するようになって、
かれこれ11年目になるのですが、
毎節毎節スタジアムに足を運んでいると、
1シーズンに何試合か、ポイントとなる試合、
好ゲームというのがあります。

今年であれば、震災後初の試合となった
川崎Fvs仙台がそれにあたります。
これは大きな節目ということで、
見逃してはいけない試合でした。
注目度とその試合にかける思いが
好ゲームかつ劇的なドラマを生み出した、素晴らしい例でした。

そして今日の柏vsG大阪は
好調同士の激突で、互いにリスクを冒して攻め合い、
それがそれぞれの力を引き出し、攻守でエキサイティングな
試合になりました。
しかも好ゲームの条件である、
ミスが少なく、フェアでスピーディーな試合でした。

特に素晴らしかったのが、G大阪。
平井のワントップで、両翼に宇佐見、二川が入り、
遠藤がトップ下のような位置。
そしてボランチは武井の1枚という攻撃的な布陣。
それゆえ、攻撃が完結せず、中途半端な場所でボールを奪われると、
1ボランチのサイドのスペースにレアンドロや田中順也に入り込まれ、
スピーディーなショートカウンターを食らっていました。

それでも遠藤を下げてダブルボランチとして、
スペースをケアするようなことはせず、
あくまで自分たちの戦い、
つまりオフェンシブなスタイルを貫き通しました。

特に圧巻だったのが、0-1で迎えた遠藤の同点ゴール。
宇佐見が右から斜めにドリブルして、
DFを3人引きつけたところで切り返し、
中央に走り込んだ遠藤に横パス。
遠藤はクイック系のキックフェイントでDFのバランスを崩すと、
素早く右足を振り抜き、ゴール右に突き刺しました。
宇佐見、遠藤ともキレ味のあるドリブル&フェイクで、
柏DFに落ち度はまったくなかったように思います。

そしてイグノのゴールも、そこまでの展開からフィニッシュに至るまで
非の打ち所がありませんでした。
このゴールのポイントは2つのタメにありました。
1つがアシストとなった遠藤のパス。
通常のタイミングでパスを出していたら、DFにパスカットされるか、
イグノに渡った直後にDFに詰められていましたが、
0.5拍だけパスのタイミングを遅らせたことで、
イグノにパスを受けるスペースを与えることができました。

そしてイグノもまた、ワントラップから正直にシュートを打っていれば、
DFはスライディングするタイミングが掴めたし、
GKもドンピシャのタイミングで反応できたはず。

でもここでもイグノがもうワンタッチして
前にチョコンと出したことで、
DFは飛び込むタイミングが掴めず、GKもノッキングしてしまったため、
シュートへの対応が不十分に。
結局、DF、GKとも全く反応できず、
ニア上にシュートが突き刺さりました。

柏も現在1位を走っているだけあって、
その勢いそのままに、どんどん前にチャレンジしていました。
戦術的に巧みだったのが、
2トップにしたときの、左サイドの使い方。
システムは4-4-2なのですが、
レアンドロが本来なら左の攻撃的MFに入るところを、
2トップの下に入ることで、左サイドをわざと空ける格好に。
これにより、前線の中央に厚みが増し、攻撃力がアップ。

G大阪はその変則的なシステムに手こずり
終盤は劣勢に回る時間帯が長く続きました。
そこでG大阪はDF内田をボランチの位置に置き、
武井、遠藤、内田の3ボランチで対応。
特に内田にはレアンドロにつくように指示し、
攻撃のアイデアマンを封じ込めました。

戦術的にも技術的にも非常にハイレベルな試合。
馴染みのベテラン記者さんも「今季最高!」と賞賛したように、
私にとっても、心から来て良かったなと思える、
楽しい試合だと思いました。


今日は予告どおり、2つのイベントに行ってきました。


1つは、浅田真央がウィーヴァジャパンのアンバサダーになった就任会見。


もう1つがミズノが主催した、岡崎慎司の握手&サイン会です。




ということで、初めて生の浅田真央さんを見てきました。


ウィーヴァジャパンの「エアウィーヴ」という商品は


以前、私が作っている雑誌で取り上げたことがあって、


機能的に非常に優れています。


浅田さん登場前に、


社長によるプレゼンテーションがあって、


その中でも紹介していたのですが


同社のマットレスは、ウレタンのような


密度が濃く、吸収力の高いマットではなく、


中に大量の空気が入る構造になった


通気性が良く、反発性の強いもの。




というのも、同社のマットレスの素材の原点は釣り糸だからです。


実はわずか5年前まで同社は釣り糸メーカーだったのですが、


それだけでは経営が立ち行かなくなり、


釣り糸製造で培った技術をアレンジして、マットレスを製造。


これが寝具やクッションにベストマッチしたということです。



$してきサッカーろん

それにしても、きれいでしたよ。浅田さん。


社長と並んで写真撮ったんですが、ヒールを履いていたせいもあって、


社長よりも大きかったし、足もアスリートらしからぬスラリとしたものでした。


実はタイプでもあるんです。




さて、続いてはダンディーというか、ワイルド系というか、


岡崎慎司のイベントです。




してきサッカーろん


こちらは子どもたち100名の握手&サイン会。


しかも、登場して20秒程度、岡崎が挨拶した直後から、


子どもたちが列になって、握手&サイン会がスタート。


「いくらなんでも、司会者と岡崎の質問のやり取り、2、3やったからでしょ」と


思ったのですが、会はぐじゃぐじゃのまま進み、約1時間後にイベント終了。


最後に岡崎がみんなへのメッセージとして、30秒程度話して終了しました。




なんでも、ミズノさんは、以前からイベントのオファーを出していたようですが、


決まったのが、先週末。急きょ、ショップを通して、


近隣のチームに声を掛け、子どもたちに集まってもらったようです。


というわけで、司会も運営もすべて社員。


イベントもエスポートというミズノ直営店の8階ホールで、


子供たちや親御さんに椅子はなく、子供たちは床に座り、


親たちはずっと立っていました。




ただこんな簡易イベントでも、みんなの笑顔は輝いていたので、


重要なのは、会場や設備ではなく、


一生懸命、参加者に喜んでもらえるようにすることなのかなと思いました。




ということで、明日はJリーグですね。