最近、色々、思うことがあります。
今日は、その一部を書きたいと思います。
この地球上には、2010年10月時点で、69億人もの人間がいるそうです。
その人間の中で、私達一人ひとりが出会う人の数は、本当に一握りの人たち。
道路ですれ違ったり、電車で隣同士に座る人はいても、人生自体に関わり合いを持ってくる人というのは、とても少ない。
それが、好きな人、助けてもらえる人であっても、嫌いな人、苦痛を与えてくる人であっても、その出会いは奇跡としか言いようがない。
だからこそ、私達は、その出会いの意味を考えなければならない。
一つ一つの出会いに感謝しなければならない。
今日は、その中でも、苦手な人との出会いについて、お話しします。
私には、職場に、とっても苦手な人がいます。
その中の一人は、私のいない所で、勝手に私に重要な意味を持つことを決めてしまったり、勝手に物事を進めてしまったりします。
しかも、全く悪気がなくて、むしろ、良かれと思ってしているところがあります。
その人とは、同じセクションで、もう、3年の付き合いとなりました。
私は、その人が本当に苦手で、嫌だ嫌だと思ってますし、周りの同僚にも、色々、相談していました。
相談をかけていたので、私がその人のことを苦手としているのは、周知の事実でしたし、昨年の4月には、同じセクションから外そうと、管理職も動いてくれました。
なのに、思わぬところで大どんでん返しが起きてしまい、結局、また、今年度1年間も、私はその人と共に仕事をすることになりました。
「離れられるはずだったのに・・・。」と思いながらの仕事は、なかなかの苦痛でした。
私が嫌がること、嫌がることを、その人は「良かれと思って」しているんです。
本当に、全く悪気がないのは分かります。
でも、どうして、そんなことをするのか、全く理解ができませんでした。
「また、こんなことされた!!」
と、日々、腹が立ったし、周りに愚痴もいっぱい言っていました。
ある時、私は思いました。
私が、自分で「No!」を言える力を身につけるまで、この人との関係は続くのではないかと。
私は、人から自分が嫌われるのは嫌で、嫌なことをされても表面上は我慢して、でも、ストレスを自分の中に蓄積させてしまっていました。
そして、憎しみのエネルギーを、相手に送り続けていたのだと思います。
きっと、相手も、気づいてはいないだろうけど、私の憎しみのエネルギーをどんどん受け取って、体内に蓄積させていたことだろうと思います。
本音が言えなかったら、自分は自分でなくなる。
それを伝えるために、この出会いがあったのかもしれません。
「本音を言う」とは、ただ単に、「好きなことを言う」とか、「思ったことを言う」ということではありません。
自分はどうしたいのか?
自分の「本当の」幸せの形は、いったい、どんな風なのか?
それを伝えることが、「本音を言う」ということなのだと思います。
たとえそれが、相手に苦言を呈すようなことであったとしても、自分と相手との関係にとって、それが最善策だと考えるなら、言った方が良い。
でも、ただ単に相手を非難することだとか、自分の表面的な利益だけを追求するようなことなら、言わない方が良い。
ここで言う、表面上の利益とは、私のように、「嫌われたくないから」というようなものから、金銭に関すること、人間関係の損得に関することなど、色々、あると思います。
私は、相手に嫌われたくないから、適当に相手に話を合わせて事態を切り抜けられるような発言をしてきました。
反省ですね。
本音で話せる力が身に付いたら、その出会いは終わりとなるでしょう。
そして、次の出会いが待っている。
いっぺんに、全てを変えるのは、すごく難しいけれど、私は少しずつでも進化したい。
だから、言える力を身につけていきたいと思います。