わしの住んでる村は冬になると完全に雪に閉ざされ外界との接触が一切立たれてしまうので、集落の蔵には食べ物や燃料が大量に詰め込まれ、村民は身を寄せ合って暮らす。
そんな村でのわしの仕事は住民の約7割を占めるお年寄りの家に行って、その手伝いをしたり、得意のマクラメ編みで靴下を作ってお年寄りに配ることだ。
勿論、靴下には足の裏になる部分に石が編み込まれていて、その足つぼ効果で村のお年寄りの健康が保たれていると言っても過言ではない。腰痛の酷い山口のばあちゃんの靴下には踵に水晶、胃腸が弱い住吉のじいちゃんには土踏まずにカイヤナイト、ちょっと耄碌してきた稲川のばあちゃんの足の裏には翡翠とトルマリンが編み込まれた靴下だ。みんなわしの作ったマクラメ靴下を履いている。
そんな中、事件は起こった。
耄碌していた稲川のばあちゃんが、マクラメ靴下から外れた翡翠をアメ玉と勘違いして口に含み、何かのはずみで翡翠を喉につまらせたのだ。
ふがっ!ふンががっ!苦しむ稲川のばあちゃんを目の前にわしはどうすることも出来ずにオロオロするばかりだ。騒ぎを聞きつけて村の若い衆のひとり、サブロウさんが家に入ってきた。わしはサブロウさんの胸に飛び込み、その逞しい腕に抱かれ、涙ながらに事情を話した。高鳴る鼓動、抱きあう二人・・・。
サブロウ:「美波・・・」
美波:「サブロウさん・・・」
ばあちゃん:「ふがっ!ふがっ!」
***
そういった紆余曲折を経て、マクラメ靴下がパリコレで紹介されたことをキッカケにブレイクした数年後、わしは銀座に作った新しいお店『黒猫靴下』のオーナー兼店長として働いている。
毎日目の回るような忙しさだけど、この靴下で喜んでくれるお客様の笑顔の為に頑張っているのだ。
でも、ふとしたときに思い出す。あのとき、稲川のばあちゃんを助けるために、ばあちゃんの口から翡翠を吸い出して、自分が喉に詰まらせて死んでしまったサブロウさん・・・。彼に抱かれた感触は今でもわしの全身が覚えている。
わしは、翡翠とワックス・コードを取り出すと『サブロウ・モデル』と名付けた靴下を編み始めた。 あの日の事を思い出しながら・・・。