私の勤める病院に旦那はリハビリに通っている。
そのお陰で、旦那の身体の様子を
気軽にいつでもリハビリの先生に尋ねる事が出来る。
そして、心配してくださる先生達から
いろいろなアドバイスを頂いたり出来る、という利点がある。
また、行政的にも、私は恵まれているだろう。
市町村合併した、とは言え、
元は山間部の小さな村で、皆が「顔見知り的」な役場のこと、
旦那の病気による我が家の窮状を
親身に相談に載って頂いている。
それも本当に有難いことだと思っている。
私はそんなこんなで、周囲の方々の優しさに
慣れっこになってしまっていたらしい。
「皆が同情してくれるのが当たり前」だと。
でも、それが如何に甘いことなのか、
長男の高校の説明会の折りに判った。
今現在、私は「ひとり親家庭」として医療費控除を受けている。
「学費免除について」の説明書きに、
これが免額の対象の条件になる旨、書かれていたので、
「よっしゃあ~~!!少しでも節約しなくっちゃ!!」
とばかりに自信を持って担当の先生のところに出向き、
我が家の現状を説明した。
しかし、若い女性の担当者は、
「えっ?お父さんは“働けない”と言っても
ちゃんと生きているんですよね?
それじゃあ、対象にはならないんじゃないですか?」
と“あなた、なにを図々しいことを…”
というニュアンスで困惑の表情を見せた。
同情的な反応に慣れっこになっていた私、
これにはちょっとショックだった。
それでも一応、先生は関係部署に問い合わせしてくれたが、
「まぁ一応希望は聞いておきますが、
どうなるか判らないので、入学してから担任の先生に聞いてください。」
「ダメだったら、他の奨学金に申し込みすれば良いじゃないですか。」
(本当はちゃっかり奨学金は申請してあったのだが)
なんだか、長男入学前からこの学校に対して
不信感が芽生えてしまったゾ。
それにしても(郵便局の学資保険も一緒だが)
『お父さんが「死んでいたら」授業料は免除、』
っていう項目に、私は首をひねってしまう。
こんなことを言うと非難されてしまうかもしれないが、
実際は『働けないお父さんが生きている』方が
断然経済的には苦しいのだ。
生きていれば精神的なよりどころとなるかもしれないが、
食費等の生活、そして医療や介護の面でかかる諸々の経費の分、
経済的、精神的にかなりの負担が家族にのしかかる。
でももし死んだら、その負担は減り
尚且つ、「遺族年金」を貰えるのだ。
今現在、旦那は『寝たきり』ではない。
でも、いずれその時はやってくるだろう。
その時、家族はどのように感じるのだろうるんだろう…?
きれいごとではすまない現実が迫ってきている。