迷えるオッサンのブログ

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チェンマイ16年の日誌が中心ですが、独自記事も「好奇地理博物誌」「タイの歴史文化」など沢山あります。

写実を極める画家増田信敏

 

 

 

 

 

 

 

あれは3月はじめの頃だった。朝食後歌でも聞くかとYou Tubeを点けると右上端にあったのが表題の「写実を極める画家増田信敏」で、ンひょっとして彼奴かとクリックすると懐かしい奴の顔(上画像)が飛び込んできた。

 

オッ!健在で未だ描いとるようだが、NHKの「思いで散歩道」出演とはかなり出世したのォとチャイマイカップとビデオを見ると、当年74歳なれどご覧のように老境をぶっ飛ばした気鋭の現役画家の雄姿があった。

 

彼は私より4つ下の郷里京都(みやこ)高校美術部の後輩で在学中は面識はなかったが、美術教師父の門下生で当時私が絵を描いていたことを聴いてか、彼が高校を卒業した1965年秋だったか制作した数枚の絵を抱えて上京してきたのである。

 

何事かと聞けばこの絵を持って当時気鋭の前衛画家白髪一雄や中西夏之らを訪ねて弟子入りを乞うとのこと・・・。

 

落語家や講談師じゃあるまいしカネにもならぬ前衛芸術家の弟子などと世間知らずの笑止千万と私の部屋に集まった高校美術部の先輩たちにバカにされたが、当人は意に介さず絵を抱えて前衛画家を訪ねたようだが、結果は失敗に終わったようであった。

 

しかし、今日出世した彼の年譜を見ると1965年中西夏之(元芸大教授)に師事とあるから私の不知な部分もあるかもしれないが、彼が東京に居たのは2年半で3年目には郷里に帰国、実家で洋食喫茶を開業してると聴いて絵は止めたのだろうと思っていた。

 

その後私は30歳を過ぎて絵を辞め教職に就いてからは彼との連絡も途絶えていたが、私が40前後だったか郷里に帰省した折彼の店を尋ねると、画廊喫茶「マリー」と一新!しかも店の壁一面に彼の絵が飾られていたので驚いた。

 

 

 

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そして絵はかつての前衛抽象絵画とは全く異なり、静物を写真と見紛うばかりに綿密丁寧に描いたスーパーリアリズムともいうべき細密画(画像)であった。

 

あえて言えば素人がわあ~素敵!!!スンゴク上手!と驚嘆するようなド素人向けの細密画で、絵を一度でも勉強した玄人向けには訴えかける中身が水かよ(無い)と不評の、純朴そのものの写実画なのであった。

 

しかし、彼はそんな半玄人外野衆の批評など物ともせず、その後はひたすら純朴一途・審美一路の超写実的絵画路線を踏襲して脇目も振らず、『人に感動を与える絵』を目指して描いてきたのであった。

 

ちなみに彼の「神秘のリアリスト絵画」を『夫は人生』として熱烈に支持・支えてきたのは、彼が50歳前後に結婚した奥様幸子さんであることを先日ビデオを見て初めて知った。

 

 

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その結果、彼の絵は絵画の玄人衆はさておき一般大衆の熱烈な支持と共感を獲得、私がたまたま目にしたYou Tube「NHK写実を極める画家増田信敏」としてテレビ化された外、2006年郷里行橋市の文化財赤レンガ館で開催された初の郷里個展も大成功を収めたのである。

 

その結果、地元郷里の行橋市も彼に便乗、現在彼の作品は『ふるさと納税の返礼品』に指定され、中央の「洗面器とタオル」を描いた作品の評価額は280万円とあった。

 

ちなみに父の門下生では伽草子の清水潔や示現会の三上浩・立体絵画の古井洵など玄人画家は多いが、一般人気は増田信敏が筆頭かも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゃんちゃん