私が初めてスキになったアイドルはモーニング娘。だった。
黄金やや後期と言えるだろうか、ミニモニ。ができた頃だ。あの頃はそのへんで生写真1枚+何枚か入りのブロマイドがいくらかで売っていて(お小遣いももらわない頃なのでいくらだったか知らない)、ゴマキだ加護ちゃんだやったー、なんだ保田かなんてクラスの女子みんなが言っていたと思う。
私もその例に漏れず、隣家の2つ上の女の子とブロマイドを交換したりしていた。その子のお兄ちゃんは矢口が好きだったことを覚えている。元気かなぁ。
その頃の私は小学校低学年で、確かなっち・矢口・ゴマキと4期以外は顔と名前が一致していなかった。人間の顔に対する美醜の感覚も薄く、ゴマキかわいいとか保田ブスとかいうのもよくわかっていなかった。それでも周りに合わせて色々喋っていたのだと思う。私が辛うじて普通の女の子をできていた希少な時期である。
そして私を普通の女の子から引き剥がしたのもまたモー娘。であった。あれは5期メンバーが決まった頃のことだった。
Yさん「モー娘。の新メンバー誰が好き?私高橋愛ちゃん!」
Mさん「私も愛ちゃん!」
ぼく「私新垣里沙ちゃん」
「「えっ」」
ぼく「えっ?」
悲しい出来事だった。なんでやデコ出しツインかわいいやろ。その後私はモー娘。の話題を振られることもなくなり、当時ソロとして好きだったミキティと糞音痴(道重さん)(今は好き)のモー娘。加入が追い討ちとなり私自身もモー娘。から離れていった。
思えばこの時私は別にモー娘。を大して好きではなかったのだろう。周りの女の子に気を遣って好きなふりをしていただけだ。でもこの時でも自分の口で「好き」と言っていた梨華ちゃんとミキティと新垣里沙ちゃんは多分本当に好きだったと思う。

その後しばらく私は2次元のオタクをしていた。国民的アイドルだったモー娘。と違い、自分がいいと思ったものを好きと言っても何も言われないマイノリティの庭はとても居心地がよく、そこでやっと私は純粋な自分自身の好きを手に入れられたように思う。
やがて中学生になり、声優という存在に興味を持った。声グラを買ったり、林原めぐみのtokyo boogie nightを聞いたり。野川さくらとかAice5とかも好きだった(「てのひらのなかのルピカ」は名盤だと思う。未だにミルクティーとか口ずさんでしまう)。
そうやってちょっとずつ三次元に歩み寄り、高校2年生の時ハロプロに再会した。10年くらいの時を超えてやっと出会えた。あらかじめ愛の種を撒き散らしておいてくれたテレビ局とか広告代理店とかに感謝である。種子休眠長かったな。
その後は岸本ゆめのに、井上ひかるちゃんに、為永幸音ちゃんに、黒田あやめや渡邉芹奈や一ノ瀬恵麻さんに出会って今に至る。

ここまで三次元の男性の名前が一つも出ていないが、二次元では普通にアキュラスとかティラノ剣山とか進清十郎とかゼルガディスとかにガチ恋していた(アキュラスは初恋だったな…)。
今思えば、年齢が上がるごとに周りの女の子たちが示し合わせたようにジャニーズやイケメン俳優にキャーキャー言い出すのに嫌悪感を抱いた結果なのだと思う。自我の好きを手に入れて本来の姿に戻った結果、変な脊髄反射が身に付いてしまった。
そんなわけで女の子の雌の目覚めとしょーもないスキを同一視した結果、未だに雌に反抗期だ。だからアイドルが男と手を繋いで部屋に入っていったとか、一人旅()していたというだけで冷酷に嫌いになってしまうんだろう。
色々面倒なこともあるけれど、好きに忠実に生きてきたお陰で小5の時のいじめにも、大学受験時の母からのストレスにも、中高と大学の民度の差にも、糞上司のパワハラモラハラセクハラにも耐えて今まで生きてこられた。上手く大人になるには無難に雌のふりをした方がよかったかもと思うけれど、きっとストレスフルなそれよりも、周りに色々突っ込まれても目の前の好きを愛する方が人生楽しいだろう。実用的な性愛だけが全てじゃないなと思うし。いずれ私の好きももっと広義になっていくかもしれないし。
今後も自分の心の安寧のために、好きに忠実に生きていきたい。ワンワン!