オタクはみな傲慢である。誰しもが自分こそ最も善良で、最も推しに愛されるべきオタクであると固く信じ込んでいる。
いや知らんけど。私はそう。
他者に自分の考えを押し付けるのは良くないことである。誰にも他者に何かしらを強制する権力などなく、強制に似た圧力を受ければ大抵の人間は不快になるから。
理解した上でモラルが強く縛っているので決して実施しない。しかし同時に頭の中では自分の考えこそが最も正しいと思い、違う考えを基に違う行動を取る者を脳内5ちゃんねるでボロクソに叩いている。
ただでさえ似たことが日常化しているこの頃の世間だ。荒む。荒野だ。良心のタンブルウィードがコロコロしていくのにすら腹が立つ。手首がきれいなのが不思議なくらいだ。手首切ったことないけど。
妬ましくて、疎ましくて、憎らしくてしょうがない。そういうときはその人を殺す妄想をする。
具体的な凶器、実行方法、隠蔽工作。嫌疑から完璧に逃れるためには。苛立ちが冷えてパズルの絵の下地になっていく感覚。
殺人を犯して完璧に逃げ果せるというのはなかなかに難しい。現実は一発アウトなので偶然に頼るところがあってはいけないし、偶然バレることがあってもいけない。100%は困難だ。推理小説だって結構偶然や些細なミスで話を組み立てている。なのでこのパズルはまず完成することはない。
一個だけほぼ完成したパズルがある。
あまりに容易なので誘惑に負けないよう、Twitterの鍵垢に概要と「絶対やりません」の決意を書き込んだ。
完成したとしても「いつでもやれる」という事実は私を楽にしてくれた。いい遊びだ。やらないで済むに越したことはないが。
明日も生きよ〜