アイドルとオタクってすごく奇妙な関係だと近頃しみじみ思う。

支え合うような顔をして、お互いそうだと言い張って、230分騒いだ後にチェキ列ぐるぐる並んでは、「ライブはやっぱり楽しいな、ありがとう」なんて言いながら、握った手と手の間にはいつも空気の膜がある。

CD1枚で56秒しか喋れないメジャーアイドルも、1分って言いながらオタクがいないから56分喋ってハグチェキとかしちゃうド地底でも同じだ。そこには金を払う人間と受け取る金額相応の対価を提供する人間しかいない。そこに人間関係は発生しない。オタクは金を払うことでリアルだったら道を聞いただけで舌打ちされそうな若い女の子と楽しくお話ができて、アイドルは我慢してオッサンにニコニコすることで金を得ることができる。それだけのことだ。「ありがとう」とか「また来てね」とかは結局さらなる金のための策略にすぎない。そんなこと言ってはいても!私も所詮愚かなオタクの中の1人なので、『私の推しだけは』、或いは『私に対してだけは』100%心からの「好きだよ」「かわいい」「来てくれて嬉しい」だと固く信じ込んでいる。

側から見たら愚か極まりない。アイドルに今まで払った金があれば車だの家だの恋人だの、世間的には『善い』とされる出費に充てることができたのだから。そりゃ結婚どころか恋人もできないはずである(本当の問題はそこではないが…)

ただ、社会的な価値の有無を論点から外して個人的な感情のものさしだけで考えたときに、2000万の家よりも2万枚のチェキ、2万分の交流の方が遥かに尊い。その上払った金額の35割が女の子に渡るのだ(エムエヌなんちゃら?群青なんちゃら?知りませんね……)。こんな幸せな金の使い方はない。車や家や恋人は世間の平均の幸せなのかもしれないが、それは私個人の幸せからは大きく外れている。同様に感じている外れ値の仲間がオタクには少なくともちらほらいるはずだ。アイドルは私たちに人並み、いやそれ以上の幸せを与えてくれる。本当は知り合うことなんてなくて、宇宙の端と端くらい悠い距離がそこに横たわっているのに、同じ空だと言ってくれる優しさが1000円やそこらで買える。この強烈なエモさ。もののあはれ。アイドルというのは本当に愛おしい、ありがたい存在だ。

そもそもが悠久の果てなのだから、卒業や解散による別離は自然の摂理である。繋がってしまったら宇宙が歪む。寧ろ当たり前のように一緒にいられたことこそが奇跡なのだ。行かないで、無理ならせめてお別れを言いたい、なんていうのはオタクのエゴでしかない。でもそんなエゴを叶えてくれるアイドルのなんと多いことか。私はアイドルになったことがないからアイドル側の気持ちなんかわからないが、もし推しが宇宙の反対側なりに少しでもこちらのことを想ってくれているのならば、それが真実ならば、今すぐ首を差し出せる。毎日綺麗に洗っている。ただアイドルというのは存在そのものが虚構なので気持ちを口に出してオタクに聞かせた途端、嘘と本当の2択のブラックボックスに入ってしまう。オタクは信じてると口で言いながら、でも嘘だよねと頭ごなしに決めつけている。本当に哀しい関係だ。アイドルのありもしない本心を知りたいなんて言わない。ただオタクの本心はいつでもどこでも、あなたを本当に愛しているよ。