mayo0109さんのブログ



2年前の今日、8月3日の午前10時過ぎ。
お父さんが家族全員に看取られて、永眠しました。
私が大学生の時に大腸がんにかかって、肛門を切除して人工肛門になったけど、そこからは
元気に仕事もして頑張ってくれてたなあ。
何年か経って、会社の検診でひっかかり癌の転移がわかった。肺とリンパに転移してて
余命半年~1年って言われたな。めっちゃショックやったなあ。
でも、そこからお父さんは前向きに頑張って、奇跡的に一時癌が小さくなりました。
そこから私も結婚して、その1年半後に妹も結婚して、兄弟は順番に家庭を持つ事ができました。

何か、思い出せば書ききれへんけど。
涼子が結婚してから、お父さんは安心したかの様にどんどん悪化していって、めっちゃ食いしん坊
で太ってたお父さんが、最後には骨と皮になってしまいました。
肺に転移した癌の為に、息が本間にしんどかったよなあ。
それでも毎日お見舞いに行ってた家族には、ほとんど弱音をはかずでした。
亡くなる数ヶ月前から、家族全員、ほぼ毎日病院に行ってて、夜寝たお父さんが
苦しくて酸素マスクを外してしまう事があったし、お兄ちゃんと涼子と3人交代で病室に
泊まってたけど、いっつも子供らの身体を気遣って、いつも有り難うってゆうてはった。

私は、昔から親には自分の事とかあんまり話しーひんかったし、お父さんにも寂しい思いを
させてたと思う。
親孝行したい時に親は無し。この言葉は本間やな。。ってつくづく思った。

お父さん、本間に世界一優しいお父さんやったんちゃうかと思う。
いっつも自分の事なんかより、子供やお母さんの事を考えてくれてたなあ。
なかなかそんなお父さんの優しさに気づけず、結婚して親元を離れてから有り難さがわかった。
兄弟の中でも、女の子やのに男の子並みに困らせて心配ばっかりかけたなあ。。
でもいっつもやさしかって、今でもお父さんの顔ってゆうたら笑ってる顔がでてくるな。

亡くなる日の深夜、お兄ちゃんから電話がかかってきて凄く嫌な予感がした。
私は一番病院の近くに住んでたし、お父さんの容態がよくないって病院からお兄ちゃんに電話
があってんなあ。
すぐに駆けつけたら、酸素マスクが外れてて、当然息ができてなくて、涙をながして意識も
あるんかわからん様なお父さんがいた。
その日、私は24時位まで病院にいてて、お父さんもちょっと調子が悪そうやったけど
次の日仕事やし泊まれへんくて、『今日は泊まれへんのか。。』って寂しそうやった。
でも帰るときにはいつも通り、有り難うなあ。ってゆうてはったなあ。

本間に後悔した。
泊まってあげてればよかった。
本当にショックが大きい、お父さんの姿でした。
そこから容態は悪くなる一方で、そのまま意識も戻らずに逝ってしまいました。

でも家族全員でお父さんを看取れて本間によかった。
本間にしんどかったなあ。よく頑張ったなあ。

お父さんには、本間に家族の大事さを教えてもらいました。
最後まで、本間にお父さんは家族おもいでした。

お父さん、今私も涼子も母になったで!
お兄ちゃんにも、もうすぐ2人目の赤ちゃんが産まれるねんで!

我が子は可愛いです!お父さんは子供が本間に大好きやったし、生きてたらめっちゃ可愛がって
くれたよな!
今もちゃんと見ててくれてんねやろけど、やっぱり抱かせてあげたかった。
じいちゃんって呼ばせてあげたかった。
もう亡くなって2年も経つんやなあ。早いな。

親の有り難さは、子供を産んでますます感じるわ。
詩音ちゃんも、両親が私にしてくれた様にしっかり愛情を注いで育てていくしな。

詩音ちゃん、会えなかったじいちゃんは、本間に優しいじいちゃんやってんで!

お父さんに何もしてあげれへんかった分、お母さんには私ができる事をしてあげたいと
思います。
ので、お父さん、安心してみといてな。