昨日マイ初日を楽しんで参りました!
前日流れてきた初日観劇なさった方の感想が、どれも絶賛と言って良く、実際に終演後の反応も3回のカテコにスタオベだったと見かけたので、否が応でも期待は高まってしまっていました。
ところが、私が観劇した翌年2日目の昼の部でも全く同様の熱量の反響でスタオベ再び!
拍手に応えるキャストの顔も皆誇らしそうで。
そのど真ん中に立つ我が推しが小声で「スタオベだ…」って呟き、隣のばんちゃん😊と嬉しそうに微笑みあった姿を、心から幸せな気持ちで眺めました。推し活の醍醐味を味あわせてくれてありがとう。
①笑いをしっかりとっていたのが松尾作品らしい
実は、私、2014年の小栗旬社長😆の舞台を拝見しております。
その時の感想がこちら↓なんですが…
今読み返すと、12年前、20歳間宮きゅんのファンになりたてだった頃の自分が、ビリーの方の役で推し妄想をしてるのが我ながら感慨深い。今やすっかり破天荒で男臭いマクマーフィの方がハマる役者になってくれちゃいましたよキャッキャ😂
あ、ビリーがとっても美味しい役ってのは今でもそう確信してまして、その証拠に昨日観劇後のお仲間感想会でも、皆さんばんちゃんの事可愛い可愛いとメロってましたもん笑
12年前の記憶はだいぶ薄れており、足のなっがい小栗さんがパンイチでスタイルを見せつけた事は間違いないですが、笑いが巻き起こってたシーンってちょっと思い出せないんですよゴメンナサイ…
だけど今回の舞台では、しっかり松尾カラーが出て笑いをとっていたし、間宮氏もコメディセンスに定評ありますから、相性の良さと相乗効果が発揮されてる気がするんですよね。
恥ずかしながら、私は小栗舞台で名作と呼ばれるこの物語に初めて触れたのです。
その時には咀嚼しきれなかった事が沢山あったのですが、その後自分なりに調べたりして少しは理解が深まったと思えます。
だから今回の松尾・間宮版舞台によっても、初めてこの作品に触れる若い方が増えたら素敵だけれど、古典化しつつある社会派テーマを深く受け取るためにも、ちょっとした予備知識はあった方がいいかもな、と思いました。
具体的には、今は禁じられたロボトミー手術とインディアン同化政策という歴史的事実について。
②これは実はチーフの物語だったんだとようやく気づいた
有名になったジャック・ニコルソン主演映画では、婦長ラチェッドによる強権支配に抵抗した反骨のヒーローとして描かれていた気がするマクマーフィー。
でも今回の松尾脚本では、原作により立ち返ってインディアンのチーフの視点で始まり終わる、その物語の構図をしっかりと再構築してくれています。チーフ役の山口さんの好演もあり、とても印象的です。
その結果、マクマーフィーに訪れた最後の運命が、悲劇的なヒーローの死ではなく魂の解放であった事、そして他でもないマクマーフィーによって魂を解放されたチーフこそがそれを彼にもたらしてくれたというのは悲劇では決してなく、勇気と救済の連鎖だったんだと思えたんですね。
改めてこの作品が素晴らしいと感じたのは、視点をどの人物に変えて見直しても、その性格や事情を想像できるし物語として成立し得るという、その多層的かつ説得力あるリアリズムです。
原作者は実際に軍病院の精神科病棟に助手として勤務した経験があったそうですが、納得した。
自由を差し出す代わりに居場所を与えて貰う弱者たち
心から良かれと思って管理と支配によって守ろうとする者
自分たちでは抵抗できない人たちが身勝手に英雄をまつりあげる
どれもこれも、間違いなく社会の縮図そのものです。
実は、今回ちょっとぞっとしてしまったんですけど、自分が登場人物の中だと誰に近いかなぁと考えた時、どうもあたしってラチェッド婦長タイプじゃないかって…。
少なくともマクマーフィーみたいなオラオラタイプがいたら全力で関わりを避けようとすると思うんだけど😂、売られた喧嘩は買ってしまう性格でもあったなあ、と。
思い起こせば、自分だってある局面ではマクマーフィー的に抵抗者でありプロテストしまくるうるせえ奴だった時もあったのに、どちらかと言えばほとんどの時は、「いやいやそれが社会よ。ルールでしょ。」「文句あるならこのゲームで勝ってから言えよな」というスタンスで生きてきてしまったと思うのです…うっ…恥多き生涯…
でもね、そんな女だから想像できるんですが、ラチェッド婦長にとって譲れない正義があり、それが強固過ぎる信念にまでなってしまっているのにはきっと理由がある。
同様に、マクマーフィーにもまた、統制や命令を絶対に拒否する人間になった理由があったはずなんだ。それはもしかしたらベトナム戦争真っ最中だった米国情勢に関係してたかもしれないし、そういう連想や想像ができるからマクマーフィーというキャラは時代のアイコンとなった気がする。
戦争とは善と悪の戦いでなく正義と正義のぶつかり合いだとは良く言われますが、マクマーフィーとラチェッドの衝突もまた、その縮図であると感じました。
③マクマーフィーは間宮祥太朗の新たな当たり役
マクマーフィーってかなり暑苦しいし厄介な人物だと思うのに、なぜ人を惹きつけてしまうのか。
アタクシが思いつく彼の魅力を挙げると
・まず顔が間宮祥太朗(顔大事、顔大事)
・そして声が間宮祥太朗(場を制圧するでかいも声大事よ、大事)
・帽子とるたび隠してた前髪サラッと色気がダダ漏れ
とかになるんだけど(真面目にやれ)、
もし彼が、自分の自由と権利の事だけを主張して暴れ回る人だったら、ただの無法者のクズにしか見えず好きになれなかったでしょうね。
でも彼はグループミーティングと称する精神的リンチを受けたビリーのために怒り、
自主的に自由を手放してしまっている仲間を叱り鼓舞し、
被差別民チーフに対等に接し心を通わせ「少なくとも俺は挑戦した。お前はやろうとしてみたのか」って道を示した。
ちゃんと情に厚くて人間味溢れる奴なのだ。
だから、彼の周りに自然に人が集まり、いつのまにかいつも場の中心になる。けれど背負い過ぎて破滅が待ってる。
こういうカリスマある悲劇・破滅の王というキャラは、まさに間宮祥太朗の真骨頂で、もう間違いなくハマり役なわけですよ。また一つ新たな当たり役との邂逅に万歳🙌であります!
思い返すと「アレが節目になったよな」という彼のハマり役は、このタイプがものすごーく多い。
・飛龍伝の桂木
・銀英伝のラインハルト
・学校のカイダンのキング
・帝一の國のローランド
・ナンバMG5の難破剛
・良いこと悪いことの高木将
私は19歳でラインハルトを演じていた彼を見た時、一目で「この子は王子じゃない。王。」と感じたものですが、その直感は当たっていたよなあと今しみじみ思う。
本舞台のラストの時、私はいつの間にか涙を流していました。
それが、なぜ、誰のために泣いた涙だったのか一言ではとても説明できず、観終わって1日経った今でも考え続けていたりします。
あと2回、この舞台を観る機会があります。しっかりと答えを見つけたいと思います。





