奇跡 | ⭐mayのたぬきち日記⭐

⭐mayのたぬきち日記⭐

妊活始めてから三年目に、体外受精にてやっとやっと授かりました(^-^)
32w、1130gで産まれた長男たぬきちに両耳重度難聴が発覚。
2年後に子宮破裂で産まれた長女たぬこも同じでした。
日々のこと、療育のこと、私の気持ちなどの記録をしたいと思います(^^)

長文です。
出産を控えている方や、漫画やドラマのコウノドリ系の話が苦手な方はスルーして下さい。




先月末、娘を出産しました。
本当は12月頭に帝王切開の予定でしたが、息子を帝王切開した後のような変な痛みがしたので受診し、入院していました。土曜日でした。

モニターをしても赤ちゃん元気だし、早期胎盤剥離や子宮破裂が怖かったのですがエコーしても兆候みられないとのことで、日曜日は経過観察して月曜日には1回退院しようかという話になりました。

でも、日曜日の夕方…
お腹痛くて痛くて我慢できなくなって、ナースコールしてすぐモニターつけたときは赤ちゃん元気だった。

でも、痛くて痛くて、そしたら心音拾えなくなって。たぶんそのときに破裂して、子宮の外にでてしまったんだと思う。
すぐオペ室運ばれて、そのときには二桁の心拍で。

オペ台に移されたとき、私横向きにされて、そのとき、子宮の外にいるからお腹の皮のすぐ下に赤ちゃんがいて、動いた。
苦しかっただろうな、ほんの30分前までは元気だったのに。。 結局、1130gで産まれた息子のときに縦にも横にも切った子宮が、2300gを超えた娘に耐えきれず、傷も延びきって、息子のときの傷のそれ以上でも以下でもなく、傷通りに避けていたそうです。

破けちゃったから産声もあげられず。他の赤ちゃんみんな元気に泣いてるのに、泣かせてもあげられなかった。

低酸素状態で産まれたため、72時間低体温療法をすることになった。34℃に体温を保つことで、低酸素からくる脳へのダメージを極力抑える治療です。

鎮静で、冷たくて、管だらけで、息子のときもそうだったけど、泣かせてもあげられず、抱きしめてもあげられず、1人コットに寝かされて、孤独で寂しくて不安だっただろうな。。 産まれるほんの30分前まで元気だったから、余計に申し訳なくて悔しくて苦しかった。

なにより、手術前のあの状態がフラッシュバックして、、思い出したくないのに。
目の前で心拍弱まって、お腹の皮の下で苦しんでた娘を想うとつらくてつらくて、状況と身体に心がついていけなかった。

時間が流れるように過ぎていったからあまり実感わかなかったけど、一般的なものとか調べると入院してなかったらと思うと恐ろしくて震え上がる。
母体死亡率1~30%もさることながら、胎児死亡率に至っては50~75%にのぼるらしい。

でも、冷静になって考えてみると、ただ単に入院していて良かったと言えるようなものでもなかった。

それは日曜日だったから。

普通日曜日は当直医で、そこには申し訳ないけど患者にとって当たり外れがある。
その日は日曜日の夕方だったにも関わらず、2年前にもお腹を切ったときに立ち会っていた産婦人科の副部長先生がいてくれたこと(前日入院したときは別の若い先生だった)。
そしてさらに、2年前息子を32w1130gから救ってくれた、周産期専門医の小児科部長の先生がいてくれたこと(前日も次の週の土日も休みだったそう)。
 そのことに気付いたとき、生かされたと思った。
もしその偶然がなかったら、違う経過だったかもしれない。

そして、古傷通りに裂けた私の子宮は出血量も少なく、子宮も温存できたし輸血も内服も必要なかった。


私も、娘も、この様な形で生かされたことには何か意味があると、そう思えた。

祈るような想いでやっと72時間が経過し、管や点滴がすこしずつとれ、おっぱいはあまり吸えないけど哺乳瓶なら搾乳した母乳も飲めるようになり、やっとやっと、入院期間3週間で退院でき、今はいっちょ前にフギャフギャ文句言うほどになりました。
退院してから1週間で58g/日の成長ぶりです。



ちなみに、体外受精を行った大学病院と出産した病院は全く別病院なのですが、手術をしてくれた副部長先生と体外受精してくれた担当医(親子ほどの年の差あり)は同じ大学だったらしく知り合いで、副部長先生は手術後に体外受精の担当医に連絡したようで、担当医が心配して電話をくれたよと教えてくれたという、なんともこれまたすごい偶然なオチがついてましたキョロキョロ






娘は脳のMRI2回、脳波の検査は共に今のところ問題ないそう。
出産時の私のへその緒の血液データはとても悪く、先生は娘の状態もよくなくてミルクも自分では飲めないかもしれないと思ったそうだけど、娘の血液データはそれほど悪くなってなくて、退院も想像以上に早くて、先生も驚いているようでした。

本当に本当に、現実とは信じられないほどの奇跡の連続で、娘は今、私の腕の中にいることができています。


出産直後は、私のへっぽこ子宮のせいで娘に可哀想な思いをさせて…と辛くて苦しかったけれど、今となっては、ここまで育ててあげられて良かったと、あのタイミングまでもってくれて良かったと、感謝できるまでになりました。

主人は、娘が、退院されたら困るからあのタイミングで破って出てきたんじゃないか、と言います(笑)。








そして、聴覚の新生児スクリーニング。。 息子の遺伝子検査ではメジャーなところの遺伝子は検出されなかったので、遺伝ではないんじゃないかと思ってのいたのですが、両耳105dbでもほとんど反応ないようです。

息子のことでやるべきことはわかっているし、信頼できる先生も見つけているし、大丈夫と思ってはいたけれど、やっぱりショックでした。

娘のことを想うとどうしても、、ね。

でも、こうして生かされて、それで難聴をもって産まれてきた娘。
それにはきっと、意味があるハズ。

息子は超未熟児で、娘は低酸素状態と、難聴の原因になりえる要素は持っているものの、やはりメジャーではないところの遺伝子が原因ではないかと思うようになりました。
難聴だけではない、症候群の検査はどうしたらいいんだろう。。 しばらくは経過観察だけれど、私たち家族は娘にできることをしてあげるのみ!!

今はもう、とても前向きになれていますおねがい

まずは搾乳しながら、まだ3000gの貴重な新生児育児を頑張ろうと思います⭐