「あの子帰って来なかったのよ…どんなに疲れていてもシャワーだけは浴びに帰って
来るのに。ラインも既読にならないの」。
ワンコの散歩を兼ね、仕事帰りの私を駅まで迎えに来ていた母が言った。
「あら、そうなの?疲れて寝ちゃったんじゃない?私、お店に電話してみようか?」
「いいわよ、やめておこう。忙しいのに私たちがなんだかんだ連絡するのイヤがるでしょう」
と、そんなような話を母としていたと思う。
なんとなく気にはなっていたけれど、私も弟に連絡はしなかった。
この日はお酒は飲まず、お風呂に入って早く寝ようと思っていた。
休肝日がほとんどないのが私だけれど、前日飲み過ぎてしまったせいか飲みたくなかった。
この「飲みたくないサイン」、今思うと「虫の知らせ」だったのかな。
夜9時頃だったと思う。
自宅の電話が鳴り、出てみると救急救命センターからだった。
あまり聞き慣れない「高度救急救命センターの~」と名乗られた時点で、なんとなく「弟のこと
だな」とピンときた気がする。
急速に心臓の鼓動が速まる。
声の主は非常に感じのいい女性看護師さんで、弟の携帯に「自宅」と登録されていた番号へ電話をかけてみたとのことだった。
そして弟が「脳出血で運ばれて病院にいるから、とにかく急いで来てほしい」と言われた。
入浴中だった母に「ユウキが病院へ運ばれたから急いで来てください、だって!」と告げ、
各々慌ただしく出かける用意をしていると、再び電話が鳴った。
受話器を取ると今度は男性医師からで、弟の容体を話しはじめた。
おそらく「もう手の施しようがない状態だ」ということを告げたかったのだと思う。
そして、その事実を家族にどう伝えるべきか悩みながら話してくださったのだとも思う。
でも、気持ちが焦りまくっていたものだから、先生のハッキリしない言い方に少しイラッとして
しまって、「今この電話で手術をお願いするとかしないとか、私が判断しなくてはいけない事
がありますか?ないのなら、状況がわからないので今すぐそちらへ向かいます」と、少し
生意気な言い方をしてしまった気がする。
電話を切った私は母と2人、少し距離のある救急救命センターを目指した。
車中母とどんな話をしたかは覚えていない。
ただただ安全運転を心がけるだけだった。