病院内での時間は、まるで自分がドラマの中にいるようだった。

弟はきれいな顔をしてベッドに寝ていた。

ただ単純に寝ているだけで、今にも「おはよう」と目を覚ましそうな雰囲気だった。

弟の顔を見た後、先生に呼ばれた。

先生からは「若いし何としても救ってあげたいけれど、ここへ運ばれて来た時点ですでに脳内の出血が酷く、残念ながら手の施しようがありません。医療の最先端であるアメリカでもどうすることもできないケースです」と言われた。

「先生にお任せするしかありません…」母が言った。

あまりにも現実味がなかった。

あまりにも現実味がなさ過ぎて、自分たちの置かれている状況を本心からは理解できなくて、

だから母も私も取り乱すわけでも涙が流れるわけでもなかった。

翌日は朝から病院へ来るように言われ、病院を後にした。

 

 

病院を出たのは夜11時を過ぎていたと思う。

病院を出たところで感じた、あの、恐ろしいぐらいの夜の静けさは、生まれて初めて味わう

とてもとても不気味なものだった。

 

 

遅い時間になってしまったけれど、お店のバイトくん一人へ連絡した。

バイトくんは、その時点でわかっている限りのことを話してくれた。

 

その日(29日)の18時頃、お店へ到着したバイトの女の子がお店へ入ろうとすると

お店は施錠されていた。

弟の携帯に電話しても、お店に電話しても、誰も出ない。

機転を利かせた彼女は、すぐそばにある不動産屋さんへと走った。

事情を聴いた不動産屋の社長さんがお店の鍵を開けてくれ、社長と彼女2人が店内へ

入ると、そこには倒れている弟の姿があった。

慌てて救急車を呼び、駆け付けた救急隊や警察の指示に従いながらあれこれこなし、

その日予約されていたお客さんへの連絡までを彼女がしてくれたとのことだった。

その彼女は医療従事者を目指す看護学生だった。

彼女は救急隊が到着するまでの間、弟の脈を取りながら、ずっとずっと弟の手を握っていて

くれたんだそう。

実習等で忙しく、普段はあまりバイトに入っていなかったとか。

そんな彼女が第一発見者だなんて。

お店のオープン時から一緒に働いてくれていた彼女に、弟は「自分の最期」を甘えさせて

もらいたかったのかな。

彼女には、しなくてもいい思いをさせてしまった申し訳なさと、弟の最期に寄り添ってくれたこと

への感謝の気持ち、両方の思いが今でもずっと私の心に残っている。

 

バイトくんには「ごめんね。急なことで私たちも何が何だかわからない。

でも、もう弟がお店を続けていくことはできないんだと思う」と告げた。

ある程度状況把握できていたはずのバイトくんだったが、私の言葉に絶句した。

 

 

その夜母は一睡もできなかったという。

私は時々ふわっとした。

ふわっとしたかと思えば現実に引き戻される。

その繰り返しを延々としているうちに、気が付けば朝になっていた。