このショックは本当に大きく、なのでただひたすら仕事に集中することでどうにか自分を

保っていたように思う。

そんな日々の中、眼科から「じじ退院」の連絡を受けじじを迎えに行った。

でも・・・

どんな顔してじじに会えるというのだろう。

じじのひとつしかない大事な大事な目を何が何でも守りたくて。

最新医療を受けさせてあげれば、じじの目を守ることができると信じて疑わなかった。

でも、痛い思いさせて、怖い思いさせて、ツライ思いさせて、心細い思いさせて、

結局じじは視力どころか光さえも失った・・・

手術をしなければ、近いうち視力は失われていっただろう。

でも、視力が失われたとしても、光だけは感じることができたんじゃないだろうか・・・

そう思うと私は私が許せなかった。

でも「手術で見えるようになる」と言われれば、やっぱりその可能性に私は賭けたと思う。

そんな、行ったり来たりする思いが見破られたのだろうか。

病院の待合室で、テニス焼け?ゴルフ焼け?いい色に焼けてるお金持ちの奥様っぽい

方が話しかけてきた。

私は涙を必死に抑えながら、じじのことを簡単に話した。

私の話を聞き終えたマダムは「色々な意味でこの病院まで通うことができない人は

沢山います。彼(じじ)のために遠い所からわざわざ電車で通って高いお金払って。

それは決して簡単なことじゃないのよね。

ここの院長でダメなら、よそでは絶対にダメなはず。

大丈夫。あなたの想いは絶対に彼に伝わっているから、絶対にね・・・」と言った。

「ありがとうございます・・・」それ以上言葉が出なかった。

 

名前も知らないこのマダムの言葉に私は心から救われた。

届くことはないかもしれないけれど、心の中でもう一度「ありがとう」をマダムに伝えたい。

 

じじはしばらくの投薬エリザベスカラー通院生活を強いられた。

私たち人間側も、目の見えないじじに危険が及ぶことがないよう、

家の中をじじ仕様へと替えた。

「レンズが入っているのだから、いつか見えるようになるかもしれないっ!!!」

そう思えるほど、じじの目は時間の経過と共に落ち着いてきた。

そしてそのうちには、じじが盲目であることを忘れてしまうほど、じじはとても器用に

毎日を過ごしてくれた。

このじじの一件から私は沢山のことを学んだと思う。

例え視力を奪われても犬の生活能力は人間が思っているよりはるかに高い。

犬の嗅覚・聴覚の凄さを思い知らされた感さえある。

じじには謝っても謝っても謝りきれないけれど、この一件でじじと私の絆がより強固に

なったのは事実だと思う。

じじが盲目になってから、私はベッド生活をやめ和室にお布団を敷いて寝るようになった。

お布団ならじじにもそんなに障害にはならないと思って。

じじはお布団の上を歩くことはなかった。

必ず敷かれているお布団のそばを通り、私の右側に来てそして私の腕枕で寝た。

見えていないなんてとても思えない動きだった。

ひめも私の右側狙いなんだけれど、いつもじじに先を越されて、仕方なく左側へ。

両腕をワンコたちに枕にされるって相当大変。

しかもひめもじじも7キロ以上ですから、翌日腕が痛いということもよくあった。

それでもカワイ子ちゃんたちに囲まれて寝れることが嬉しくてしあわせで、

ワンコにとても気を遣いながら毎晩眠りについていた。

 

 

 

 

 

                        ひめ&じじ