父が亡くなりこの12月で丸4年になる。
父とは別居をキッカケに疎遠になっていったのは事実だけれど、別居がなかったとしても
私たち4人が一つの家族としてやっていくことは難しかったと思う。
両親が結婚しなければもちろん私も弟もこの世に存在していなかったわけで、
それでも「どうして母は父と結婚してしまったんだろうか」と、今でも不思議に思ってしまうぐらい
父と母とでは人間としての性質があまりにも違いすぎていた。
私的に両親を表現するとしたら…
母は「愛に溢れた人」。
父は「愛を知らない人」。
夫に恵まれなかった母には「女性としてのしあわせ」はあまりなかったと思う。
でも、そう大きくはない会社だったとはいえ、専業主婦だった人が会社役員にまで昇り詰めるということは誰もが成せることではなく、その自信は引退した今でも心のどこかに良い意味で存在していると思う。
何より。「太陽みたいな人」である母の周りにはいつもたくさんの人たちがいる。
最愛の息子に先立たれるという癒えることのない悲しい出来事に見舞われたが、
それ以外を除けば母の人生そう悪くはなかったと言えるんじゃないかな、きっと。
父は…両親姉1人兄2人という家族構成だった。
殺伐とした雰囲気の中、手も愛情もあまりかけてもらえずに育ってきたんじゃないかと思う。
愛を知らない父なりに「愛」を模索しながら生きてきたのかもしれないな、もしかしたら。
父にだって思い描いていた明るい未来はあったはずで、そう思うと、あまりにも悲惨だった
後年の父が哀れでならない。
しあわせな人生じゃなかったよね、きっと。
私は小さなころから父とは合わないと感じながら生きていた。
万が一父との同居が続いていたら…。
私はあの人と同じ空間にいることにも同じ空気を吸うことにも耐えられなくなっただろう。
それどころか「いつか殺してしまうかも…」が現実になっていたかもしれない。
「誰かを殺める」などという恐ろしい感情を持ち合わせているかもしれない自分が
とても怖くなった記憶がある。
それぐらい、どうしてもどうしても私と父は合わなかった。
ただ、それでも簡単には割り切れないのが肉親なのかな。
父に対する感情のほとんどが憎悪感や嫌悪感で埋め尽くされていたとしても、
ほんの微量の愛情を私は捨てることができなかった。
悲しいかな「しあわせな父と娘」の図からはほど遠いところにいたのが私たち父娘だった。
最期の最期まで、私には父を理解することはできなかった。
でも、もぅそろそろ父のことは終わりにしようと思う。
いつかどこかで父と再び会うことがあったなら…
その時は、生きてる父には言えなかった「ありがとう」と「ごめんね」をそっと伝えたいと思う。