5月と9月に母の手術があったこともあり、時の流れがとてもはやく感じた。

気が付けば12月、「あれから1年」だった。

命日より少々日を早め、身内だけで弟の一周忌を済ませた。

 

この1年間、たぶん私は「弟の死」と向き合うことを避けてきた。

「避けてきた」というより、母のこともあり、「弟について考えていられる時間があまりなかった」、というのが実際のところかもしれない。

とにかく、この時ばかりは家族と一緒に弟について考えてみた。

なんで「これから」という弟が命を奪われなくてはならなかったんだろう。

なんでこんなにみんなを悲しませるのだろう。

なんでこんなことになってしまったのだろう。

なんで?なんで?なんで…

でも、何をどう考えても、むなしいだけ。

結局は「仕方のないこと」と自分たちに言い聞かせるしか方法はなかった。

 

私たちには「なぜ?」「どうして?」という思いが消えない。

ただ弟は、自分が短命であることを昔から知っていたと思う。

子供のころから、生きる速度が私とはあまりにも違っていた。

私が習得に苦労することも彼はすんなりできたし、運が良く、「持ってる」感じの子だった。

元気ハツラツ、ちょっと小生意気で目立ちたがり屋。

生きることにとても積極的な人だったと思う。

お店を出してからの数年は、それがもう人生の最終章だとわかっているかのようだった。

お互いの存在を忘れてしまっていたぐらい疎遠になっていた人たちとの交流が、

お店を出したことによって再開されたりして、これはもう病的なほどの人好きであった弟には

この上なくしあわせなことだったと思う。

弟のお店は、私や家族にも「うれしい再会」を運んでくれたりもした。

人と人とが集う場所。

今なら、弟がなぜ飲食業に魅せられたのか、ほんの少しだけわかる気がする。

そして…とにかく休まなかった。

今思うと、たぶん最期の方は「自分には時間があまり残されていない」ということがわかって

いたんだと思う。

どんなに疲れていても、休日は友人たちとの時間に充てていた。

今日会っておかないと、今会っておかないと、もう「次」はない気がして、それが怖くて、

休んでなんていられなかったんじゃないかな、とそう思わされる風情があった。

やりたいことやって、会いたい人に会って。

「37年間の人生、超特急で生き切った」。

本人にしたら、きっとそんな感じなんだと思う。

 

 

弟が亡くなってまもない頃、母と私はお店の常連だった人からこう聞かされた。

「ユウキさん『やりたいこと全部やったから、もういつ死んでも後悔はない』って、亡くなる

少し前にそう言っていたんです」と。

一瞬思考回路がストップした。

言葉が出てこなかった。

母は泣き崩れた。

弟がそんなことを言っていたとしても、息子を亡くしたばかりでうろたえているその時の母が

聞かなくてはいけない言葉だっただろうか?と、正直今でも思う。

心の傷に追い打ちをかけるような言葉であり、残酷で、母がとても可哀想に思えた。

と同時に、37歳でそんなことを言えてしまう弟に心底驚かされた。

そんなこと…言えちゃう???37歳で???

というか、普通そんなこと思いも考えも…しないよね???

私なんて37歳が遥か昔になった今でも、そんな風には思えない。

人生まだまだこれからだと思っているもの。

それに、例え「もう充分生きたから、いつ死んでも悔いはない」と思ったとしたも、そんな都合

良く死期が訪れることなんてないよね???

そう思うとやっぱり弟は、昔から自分が短命だということも、近づいてきている自分の死期も、

なんとなくわかっていたんじゃないかなぁ、と思う。

そして、そう思うことで辻褄が合うような、そんな不思議な気持ちにさせられる。