初めてアパレル業界に足を突っ込んだのは、18歳の時。
それなりに名のあるブランドの、代行会社だった。
頭から爪先までゆとりにどっぷり浸かり、ヤンキー輩出名門中学校出身だった私は、敬語もまともに使えない、言われたことしかできない新人。
当時の店長(独身・30代後半女性)が鬼のように厳しく、常に睨まれて、地元のヤンキーの先輩なんかどうでもいいくらい怖くみえた。
今の時代だったら“パワハラ“ざんまいの日々
①朝の挨拶はゴミ扱い
朝は館の喫煙所に全員集まってから売り場に行くのがルーティンで、みんなのコミュニケーションの時間だった。
早めに到着する私は、当該店長の態度をよくみていた。
他の先輩や同僚が挨拶すると、甘く優しい声で「あ、おはよう〜♪」と挨拶するのに対し
私には、地を這うような激低声とあからさまなトーンで「はい、おはよう。」と返してくる。
私は目を合わさないように、テーブルに置かれた灰皿を見ることに専念してその場を過ごした。
②朝礼での公開処刑
職場により朝礼の内容は、様々あると思いますが、当時の会社は代行会社なので、「売上第一」
もちろん毎朝個人売りのランキング発表がある。
当時の私は売れない販売員だったので、名前が出ることもなく、「00さんももうちょっと頑張ってください」とみんなの前で処刑される。
まあ、まだ1番後輩だったからプライドは保たれてたかな。
③仕事の効率が悪く、叩かれる
商品の入荷と出荷を捌くのが付帯業務であるアパレルのお仕事は、接客をしながらこなさなければならないので、仕事をいかに効率よくやるかが大事。
当時の私は「効率」なんていう言葉は知らない。
小さなパッキン(段ボールのこと)1つに対して、何十分も時間をかけて捌く私の手を店長は度々引っ叩いたし、お尻も蹴られた。
女性の力なので、痛くはない。男兄弟・ヤンキー中学校で育った私には、その程度はなんでもなかったけど、今だったら完全アウトww
今となっては、「効率オバケ」になった私のルーツはここだったなと、書いていて思い知らされています。
④お客様の前で公開処刑
とにかくしんどかったのは、お客様の目の前で怒られること。
度々あったので理由を箇条書きにしてみました↓
・全身同ブランドの服を着てるのに、声をかけなかったから。
・ついているのにモジモジしてて何も接客をしてないから。
・早番なのに一日何も売らないで帰ろうとしてるから。
怒る理由はわかるけど、どんな時代だろうとお客様の前で怒鳴り散らかすのはよくないよねえ〜
最初の二つは販売員なら、あり得ない行為。
今となっては、ごもっともでした、店長。と頭を下げたいほど。
でも3つ目のはちょっと理不尽だよね?
⑤1回目の退職
そんな日々を過ごしていたとある一日。
その日も朝イチで怒られ、「職場で爆発でも起きないかな、もしくは大津波が来て飲み込まれちゃってくれないかな」なんて思い過ごした昼休憩から数時間後、
あの東日本大震災が起きた。
自分が願ったことが現実に、しかも最悪な形になってしまった。
私はポセイドンではないから、責められることはないと思うけど、こんな心境だったことはしばらく誰にも言わないでおこうと心にしまった。
職場は改修工事が必要だったので、しばらく休業。
その間私は、地震が怖かったので母の祖国であるフィリピンでのんびり過ごしていた。
1ヶ月ほどして、再開すると知らせがあったので帰国。
職場に戻ったはいいものの、時は4月。
震災後の自粛ムードも相まって、売上が低く、ピリついたゴールデンウィーク前の職場はきつかった。
きっかけはもう覚えてないけど、職場最寄りの駅に着いた時、立ち上がれなくなった私は、電車の扉が閉まるのを静かに泣きながら見守った。
「辞めます。ゴールデンウィークにすみません。」と店長にメールを送り電源を切った。
これが1回目の退職。