不妊治療日記 -20ページ目

不妊治療日記

1974年生まれです。低刺激系のクリニックでは空胞続きで8ヶ月の間に2コしか採卵出来ませんでした。 両角LCに転院したところ、2回の採卵で7個の胚盤胞ができました。そのうちの一つを2013年12月に移植し人生初の陽性判定☆2014年8月、無事元気な男の子を出産しました♡

前々回のブログで「一人っ子は寂しい」と書きましたが、「寂しかった」か「寂しいと思ったことがある」くらいが正しかったかなーと思っています。

息子に兄弟ができるかどうか、この1年移植を続けてきて、こういう結果になって、色々考えてしまったので、強烈に覚えていることだけを思い出したのですよね。

幼稚園の頃は、お友達にきょうだいがいるとかいないとか意識した記憶はありません。年少さんが入ってきた時に「お姉さん」になった気がして嬉しかったのは覚えています。

小学生になって一番仲の良かった子が5人きょうだいでした。

その子の家に遊びに行くと、いつも子供たちが駆け回ってて、私は夕方になったらお家に帰らないといけないけど、その家の子達は夜になってもずっと一緒、ご飯も一緒、寝るのも一緒っていうのが単純にうらやましかったです。

そんな時、お隣の一つ年上のお姉さんに突然妹が生まれたんです。

「え?今からきょうだいができるってことがあり得るんだ!」って思ったんでしょうね。そこから私の「妹が欲しい」攻撃が始まった気がします。

この小学校低学年辺りが、まず記憶に残っている「きょうだいが欲しいと思っていた」時期です。

そのあとが、外国に住んでいた高学年の時。

私の家族が居た地域は日本人がほとんどいなくて、日本人学校もなかったので、現地の学校へ行きましたが、はじめは英語が全くできず、友達がほとんどいませんでした。

同じ町の、車で30分くらい走ったところに、父と同じ理由でその町に期間限定で暮らしていた日本人の家族がいて、そこには私より少し年下の女の子と男の子がいました。

親同士が時々約束してくれて、一緒に遊んでいたのですが、その時も、3人でずっと一遊んでいたのに、時間が来ると私1人だけが「バイバイ」しなくちゃいけないことが、とても寂しかったです。

「私にもお家に帰ってからも一緒に遊べるきょうだいがいたらな」って2度目に強く思っていたのが、この時です。

ただそのあと帰国して、中学生になりその後大人になるまで、特に兄弟が欲しいとか、一人っ子だから寂しいとか思った記憶はありません。

とはいえ、うちの夫を含めて、兄弟がいる人たちが口を揃えて言うのは「子供の頃は、むしろおもちゃの取り合いになるし、兄弟は鬱陶しいとさえ思っていたけど、大人になって、やっぱり兄弟はいいものだと思う」ってこと。

ある友人に「一人っ子は兄弟の良さを知らないから兄弟が欲しいとは思わないでしょ?」ってなことを言われて、なんだかちょっと傷ついた記憶があるけど、実際そうなのかもしれません。

友達とは違う、一緒に育った、切れない絆で結ばれた親以外のひとが居るって、やっぱりいいんだろうなって思います。

でもね、その良さは「知らないから羨ましいとさえ思えない」のですよ。

「だから大丈夫」ととるか、「そんなのやっぱり究極にかわいそう」ととるか... どっちもありですが。。。

結局、全てを持ってるひとなんていないから。

息子には、与えられた環境の中で、充実した毎日を送れるひとになって欲しいです。