今の母はまるで赤ちゃんのよう。


声をかけてもほとんど反応はない。
ただ親指を吸っている。


チュッチュッチュ・・・


もう片方の手はじっと握り締めている。




先日、街に行ったとき
メインロードでいろいろな物産展が開かれているのに出くわした。


ひとつのお店の前で足が止まる。


自然の植物での染色
その布で作った可愛いアイマスク
アイマスクなので細長く
なんとも愛らしい動物の形をしていた。


手で持つと布の肌触りといい
重さといい
何といっても「自然」という言葉に惹かれ
思わず購入。



次の日、それを母に持っていった。


握り締めた手にそっと持たせる。


固くなった骨が少しでも柔らかくなりますように・・・



キョトンとした目で見つめていたけど
ゆっくりゆっくりそれを口の近くまで運ぶ。


チュッチュッチュ・・・


親指の代わりに
その口元をチュッチュッチュ・・・



「うふふ
お母さん、キスしてるの?」


「恋人が出来て良かったね」



看護婦さんたちも来られてみんなで

「可愛い~!」



一人の方がおっしゃった。



「私たち、いつも○○さんに癒されているんですよ」



思いがけない言葉に驚いた。



「お世話をかけて申し訳なく思っています」


「とんでもないです。
本当に手のかからないおばあちゃんで
言葉こそ出ませんけど、ただここにいてくださるだけで
みんな何だか優しい気持ちになれるんです」


「あのね。
言葉はなくても
表情が少なくなってもみーんなわかってらっしゃるんですよ。
だから私たちは横を通るとき、必ずお声をかけるんです」




お母さん


良かったね・・・
優しい看護婦さんたちに囲まれて
本当に幸せだよね



母の目がちょっとだけ笑ったような気がした。




生まれて
成長し
父のところにお嫁に来て
幸せなこともあったろうけど
いろいろな苦労もたくさんして・・・


入院するまで私と暮らし
いっぱいいっぱい笑ったよね。



娘夫婦や孫たちと暮らして
お母さん、幸せだった?


幸せだったよね。
いつも笑っていたもの。


みんなの笑顔しか思い出せない。



赤ちゃんのようになった母の脳裏に・・・
心に・・・



その頃のみんなの笑顔が
少しでも残っていたら嬉しいな。