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メモ程度の事しか書きませんががが、-120121_1255~01.jpg

行ってきました。





つか、朝から昼まで、

頼まれて駐車場誘導と場外案内のお手伝いしてました。





雨でメチャクチャ寒かった~!(笑)





でも、見に来た近所の方に逢うと、

「寒い中ご苦労さん!」

と、声をかけてくれて嬉しった♪(笑)







寒かったけど(*´Д`)=з








ペタしてね
左肘を粉砕骨折したのが6年前。

担当医がレントゲン写真を見ながら「医学的には肘の関節が粉々でなくなってますね」と言われビックリしたっけ。
その先生に手術してもらい、金具を何本か入れて、右肘も切って「左肘」を"作って"もらいました。
手術は初経験の全身麻酔で行われ、男しかわかんない「うにゅにゅにゅにゅ・・」な感覚も経験しました。


肘の関節を手術で作ってもらったものの、一ヶ月以上も使ってなかったので、脳が肘の使い方、特に力の入れ方や動かし方を忘れてるんですね。
ほんと、人間て使わないと忘れるのですよ。

”左手で持った茶碗を首の辺りまで持ち上げて、右手の箸で口にかき込む”って動作が出来ない。
左手で茶碗を持つけど、首の辺りまで持ってくるのに一苦労。。
「よいしょ、よいしょ」って、そんな感じで動かすんです。

もっと酷いのは、茶碗は前方にあるから目で見て判断して一生懸命動かせば何とかなるけど、後ろは見えないので全くダメなんです。
例えば、自分で自分の首を猫掴みするような動作が出来ない。
位置感覚が全くわからないんです。
「このへん?」「ここ?」とか言いながら動かします(笑)

日常のなにげない動作、通常は特に意識することなく行える動作が出来ないんですね。
その頃の話をすると長くなりますw



で、肘が使えるようにリハビリが始まりました。

これが「作業療法」という方法でした。

もうね、、地獄です。。
いつ終わるか分からないし、どの程度まで復活するかも見えない。
リハビリの"作業"よりも、精神的なダメージが大きかったなぁ。

リハビリの先生が悪いわけでもないのに、むしろ、一生懸命やってくれているのに、苛立ちから当たってしまった事もあった。
「どうせ、もとに戻らないんだからいいよ!!」って、積み木をテーブルからダーッって落としたり。
それでも、先生は一個ずつ積み木を拾って、テーブルに戻して笑顔で「さ、やろう!」って。
益々惨めになって、帰りの電車で悔し泣きしました。

そんな事もありながら、根気強く、1年3ヶ月(だった気が。もっとかな?)もの間、付き合って下さいました。

いま、ドラムを叩けるのは、間違いなく、手術した先生とリハビリに付き合ってくれた先生のおかげなのです。


そんな感謝の想いで、こんなに回復したよってとこをリハビリの先生に見せようと、Drastic BeatsのライブDVDを持って病院に行きました。
通院が終わって以来、初めての来院。
作業療法の部屋では、以前と変わらず、複数の先生が患者さんの治療をしていました。

通院してた頃から居た受付のオバチャンに「○○先生いますか?」って聞きました。

すると「1年前に辞めました」と。

もう、目の前が真っ暗になって。。。

あんなに熱心だったのに何で???

何があったの???

と、頭の中が「?」でいっぱいになって、
目がうるうるして、
寂しくなって、
なんとか持ち応えてオバチャンに御礼を言って帰りました。

ネットでリハビリの先生の事を調べました。

すると・・・




作業療法士協会の活動等で活躍されて、
すげー先生になっていました!!!!!




本も出して、

作業療法士の番組にも出演したりして、

全国に講演に行ったりして、

おーーーーー!!!!!(><)ノシ

すげー嬉しい!!


もうDVDを渡すことは出来ないと思うし、
連絡先も知らず分からないけども、
元気に御活躍されている様子が嬉しかった。

またいつか、お逢いできる日を楽しみに俺も頑張ろうと思いました。


オチが無くてスミマセン。。。w
土曜日に群馬の森に行きました。
昨年亡くなった叔父は群馬県アイバンクに登録していて、どなたかに角膜を提供できたそうです。
(住まいは埼玉だったけど、職場が群馬だったらしい)

群馬県アイバンクでは2年毎に、提供して下さった方に敬意を表して献眼顕彰碑の石碑に名前を刻んでいるそうで、今年が名前を刻む年。
土曜日はその式典があり、出席に向かいました。


早朝7時半に実家の両親と待ち合わせて、母ちゃんから教えてもらった公園の住所をナビにセット(このセットが後に悲劇を生むとは知る由も無くw)して出発!!
8時前に関越自動車道・所沢ICに乗ったけど、既に鶴ヶ島JCTまで渋滞。。。
約1時間強をタラタラ運転で、この時点で疲れましたw

鶴ヶ島JCTからノンストップで突っ走り、ナビに従って式典開始10時ギリギリに公園に到着。
でも、式典会場の顕彰碑が見つからず。。
15分くらいして公園内の地図があったから場所を確認したら、、、


ここは「前橋公園」、、、、


場所違うじゃん!!!!(><)ノシ


一文字も合って無いじゃん!!!


横に"グリーンドーム前橋"がありますがなww


「あれ?違う公園かい?!」と母(呑気w)


ってことで、急いで「群馬の森」へ!!


約30分後に到着するも公園に似合わないスーツ姿の人の流れが・・・
流れに逆らうように顕彰碑を探すと、親子が遊んでいる広場から、少し離れた公園の片隅にありました。
式典は終わったらしくスタッフは片付けをしていました。
が、せっかく来たのでスタッフに声を掛けると作業を止めて、ほんと丁寧に案内してくれました。
お陰で顕彰碑に手を合わせ献花も出来たし、碑の裏に刻まれた叔父の名前も確認できました。

スタッフの話だと、登録していても御家族の同意が得られず提供してくれる人が少ないとのこと。。
そんな中、ここに刻銘されている人達のおかげで救われた人が居るんだなと思うと感慨深い。
主(あるじ)は亡くなっても、他の人の一部となり生きている、、辛い想いから少しでも救われると思うのは美談かなぁ。。

確かに、亡くなって辛いのに、更に目玉を取られるなんて、、残された人の気持ちを察すると複雑だよな。。
(死後10時間以内に眼を摘出しなくてはならないらしい)
母ちゃんは「本人の意思を尊重したい」って提供に賛成したけど、現実は厳しいんだな。。

俺は臓器でも眼でも何でも使えるもんがあったら全部提供したいけどなぁ。
亡くなった後で決めるのは家族かぁ、、いつか話をしておかなくちゃね。。


場所を間違えるという、とんでもないアクシデントもあったけど、無事に御役目を果たせたのでホッと。。
帰りは1時間ちょっとで帰宅しました~☆



そうそう、帰りに、どっかで見た事あるステージのある「道の駅 ふじおか」で食事しました。
ラーメンが美味しいらしいお店で「カツカレー」を食べたけど、ボリュームあり過ぎて残しました。。(悔)
一泊二日で家族全員で仙台経由の福島への旅をしました。

朝6時出発の予定が、7時前に出発。。orz..

5人家族になって初めての長距離ドライブ&旅は、長女が興奮してテンション高くてうるさいっ!!
上の2人が珍しくおとなしく見えましたw

途中のSAやPAに寄る度に、皆なんか食ってたせいもあるかな。
てか、特にソフトクリームは何個食ったかw

郡山辺りですんごい渋滞もあったけど、無事に仙台東ICに到着。




1つ目の目的は、子ども達に荒浜の光景を見せたかったこと。

5月に来た時より住居跡に草がはえていて、上から見ると緑のじゅうたん。
時の経過を感じました。

ICを降りると「お店やってるね~」「”がんばっぺ宮城”のノボリがあるね~」と話してたものの、荒浜に近づくと急に開けた景色に変わって、子ども達も静かに窓の外をジッと見ていました。

「何も無いね」って長男が言うので、「ここに家があったんだよ」と言うと「うぞっ!」と驚いてました。

傾いた電柱、
クチャクチャになった車、
1階が空洞になっている住宅、
破壊されたガソリンスタンド、
えぐられた体育館、
道路脇の電車の残骸、

「怖い・・」「凄い・・」て言葉しかなくなり、不謹慎かもしれないけど、記録記憶の為に長男と家内が携帯で写真を撮ってました。


荒浜を往来するガレキを積んだトラックを見て、復興が進んでいるんだな~と思ったけど、仙台港に向かう途中の点灯しない信号機や、手信号をする警官を見ると、まだまだなんだと実感しました。

四か月経ってるのに、未だ手信号???

菅は脱原発を唱えて延命と人気集めに一生懸命で、復興は後回しになってる現実です。


そのまま塩釜に向かいました。
特に何をするわけでもないけど、前に来た事あるからっていう理由だけです。
18日にお祭りやってたんですね。。残念。。

そのまま仙台の東北六魂祭に向かいました。
その途中にもブルーシートの掛かっている家がいくつもあって、修理がなかなか進んでない様に思えました。




2つ目の目的、東北六魂祭。

もう人人人で暑くて暑くて・・
でも、関東の35度以上に比べたら30度だったので涼しい方かな。

ここで仙台の牛タン食いました!!
なんだか有名な人のカレーを食いました!!
ステージに芸能人が居ました!!
そのステージでダンスやってました!!
香取慎吾が来てたみたいだけど見れませんでした!!

40分くらいしか居なかったけど汗ダクダクのクタクタになったので、福島の宿にリターンしました。



が、、、、、、、、、

白石IC-国見IC間で事故のため通行止め!!

おかげで仙台から福島西ICまで4時間かかりました。orz..




3つ目の目的、というか宿。
猪苗代のペンションに泊まりました。
CI予定時刻から3時間近く経っているのに気持ち良く迎えてくれました。

もう、このペンションは食事が美味しくて、ビールも美味しかった!!
でも、量があり過ぎて残しちまったです。。

食後にオーナーさんと話を震災の時や、最近の事とか話を聞きました。
オーナーさんは、関東から来る常連じゃないウチらが、本当に泊まりに来るのか、料理は食べてくれるのか、半ば避難所の様な中でゆっくりできないのでは、、、と凄く心配だったそうです。。

ペンションに避難されている方が居ること、壁に避難されている方への情報が貼り出されている事は事前に聞いてましたが、実際に見ると現地での大変さが伝わりました。



窓の外を見てた二男が「何かいる・・」と言うので見ると、オーナーさんが「庭に蛍がいるんですよ」ってことで、オーナーさんの案内で蛍見学~♪
子ども達が「あー光った!」「わー飛んだ!」等と騒いで楽しそうでした。
数十年振りに光る蛍と生で見ました。

いや~、キレイキレイ♪

関東でストイックなまでに"数字"を気にして神経質になっている人に見てほしいですね~♪

星もすんごくキレイで、月がすんごく近くに感じて、すんごい静か・・・。


いやはや、いいペンションでした~☆






話は飛んで昨日の夜。
二男が学校に提出する三連休の出来事の作文を書いてました。

荒浜の事が細かく書いてあって、最後に「かわいそうでかなしくなったけど、なにかできることはやりたいと思った」とありました。
驚いたのが、普段はゲームしか使ってないカメラ付DSで、あの景色を撮りまくっていたこと(運転してて気が付かなかった)。
で、その写真を印刷して作文の最後のページに貼りつけて提出したようです。


もっと驚いたのが、昨夜届いたペンションからのメール。

「(前文略)皆様の強い思いに触れ、私自身も、これからこの地で営業していく新たな勇気をもらいました。温かい言葉に心励まされました。そして最後、お部屋に!!!感謝でいっぱいです。」

”お部屋に!!!”って何の事だろうと思って家内に聞いたら、子ども達3人でメモ用紙に「がんばって!」「ケーキ美味しかった」とか応援と御礼の言葉と、長女はオーナーの顔(ぐちゃぐちゃな円だったらしいw)とアンパンマンを書いてテーブルに置いてきたらしいです。
一番先に寝たのは俺みたいなのでww、その後に書いてたらしく全然知りませんでした。



まったく、、、wwww



そのメールから、オーナーさんも喜んでくれたことが感じ取れて、こっちまで嬉しくなって、いい旅になりました
mysql_closeのエラーの対処
[is not a valid MySQL-Link resource]


http://blog.photoip.net/archives/39

mysql_connect の場合は、 mysql_close は不要だったりする・・
先週の金曜日のランチに「つながり食堂」に初めて行ってきました。
テレビでも報道されたようですが、福島で被災された方が入間に避難して6月にオープンした食堂です。

「おっ!こりゃ応援しに行かなくちゃ!」と、店の場所を調べました。
「あの、もやしラーメンが旨い店の近くだ!」って分かってテクテク歩いて行ってみたら、あの、もやしラーメンの旨い店でした(!)

この店、以前は、おじいさんとおばあさんの老夫婦が経営してました。
俺は3時頃に行くので、おじいさんは新聞を、おばあさんはテレビを見ている時間で、ドアを開けるといっつもビックリした顔するんですw
そのおじいさんの作ったもやしラーメンはトロミが絶妙で旨い!
最近は忙しくて行けなかったけど、好きで頻繁に、多い時は週3通ってました(しかも毎回もやしラーメンw)。



店内はちょっとリフォームしたのか小奇麗になってました。
まぁ当たり前ですが。
ランチのピークも過ぎた3時頃でもお客さんがいました。
とりあえず「こはく味玉」を頼みました。


待つこと20分。


味の表現が苦手なので割愛しますが、

あっさりして旨い!!!!


まだ開店して間も無いせいか手際の悪さは仕方ない。
てか、旨かったので許しますww



厨房で一生懸命働いている若い主人を見て、以前の老夫婦が、辛い思いをした被災者の再出発の為に身を引いて、店を譲ったのかな・・・とか、そういうの考えると切なくなった。
あの老夫婦にはもう逢えないのかな・・ちょっと寂しい。

お店の感想が書いてあるブログとか見ると、そのおじいさんが店舗のことや道具、それに食材の手配まで協力したとか・・

やるな~じいさんww


こういう人の繋がりで開店することができたことから「つながり食堂」と命名したらしい。

なんか、こういう人情ドラマみたいなことが近くであって「人って優しいな~」って思った。


地元人としては「埼玉に来て良かった!」と思ってくれるといいなぁ。。

これからも応援したいと思います。


http://gourmet.livedoor.com/restaurant/492993/evaluation/detail/274812/216766/