幸せの持続性 | 鈴の音

幸せの持続性

いくら歳を重ねても、いつも心はザワザワワクワクと穏やかに安らかに平穏になってはくれません。私の人生は鮮やかです。

ヨガをやると穏やかな人になる?
まだまだ、道は遠いようです(笑) 生きているかぎり、真剣に人生を味わいます。
ヨガの練習と同じ。以前よりもマシにはなったかな~。

永遠の思春期です。。。

でもね、私の心が賑やかだと、皆さんに伝えることたくさんあるよ。


~幸せの持続性~

今年に入って身体の調子が良くなく、気分が落ち込むことが多くあった。なかなか、その不調の波から抜け出せなくて、ちょっと長期休養も考えたりもした。気を紛らわすために、遊びに出かけたりたくさん寝てみたり色々とやってみた。

でも、どうにもならない時もある・・・。
そんな時は、降参しかない。
有りのままの自分を受け入れるのは私には難しい。 

迷惑をかける前に休もうかと思っていた・・・それでも、時間は待ってくれないので、最小限やらねばならない事をこなしていた。自分の元気が足りない事を自覚していたので、クラスの時間だけはよりパワーを使った。それでも、クラスのクオリティが下がるようなら、休むつもりでいた。その狭間。
いつもよりも丁寧に、いつもよりも元気に・・・自然体ではないので、疲れたりストレスがかかったり。

そんな時、私を救って元気にしてくれたのは、やっぱりヨガのクラスだった。みんなの幸せな顔や楽しんでいる様子が支えだったし、原動力だった。休んでもきっとダメだっただろう。
友達と遊んだりしたけど、楽しいのはその時間だけなの。(ごめん、私の愛する友よ。また、遊ぼ)ストレス解消は必要だし、友達と一緒にいる時間はかけがえのないもの。現実から離れ息抜きは必要なことだと思う。でも、現状の解決にはならない。それだけでは生きていけない。

私は、自分がここに居る意味と実感を持てないと生きていることが辛い。
それを感じるのは、世の中との関わりの中で、貢献しているという事。
この世に在るだけで尊いことなのだろうと頭では思っているけど、私は自分の意義が見出せないとここに在ることが希薄になる。
だから、誰かの役にたったり、貢献出来ていると感じた時、幸せを感じる。
全然、良い人とかではなく、自分自身がここで生きるために必要なことだからです。

誰かのためになっているという実感は、私の生きる糧です。
そこから生まれる幸せは、持続します。
快楽は生きる糧にはならない。快楽ばかりを追っていると、虚しさに襲われる。
お菓子ばっかり食べてたら、身体に良くない。でも、たまには食べて楽しみたい。生きるために必要なものとは違う。そんな感じ。

私にとってはそれがヨガを伝えるという事。それだけではなく、人生において貢献しているという実感が、生きる重しとなっている。

今月は、たくさんのワークショップをした。わざわざメールや声をかけてくれ、感想や感謝の気持ちを伝えてくれた。私にまた元気を与えてくれた。
本当にヨガのクラスが出来ることが幸せ。
いつも、クラスに参加してくれて、ありがとう!

感謝