大人になってから心をぐっと掴まれた歌詞がある。
ChemistryのPieces of Dream

普通の人生を送りたくなくて、でも何を目指していたのか抽象的なまま、
思うままに人生29年かけてきたけど、今改めて
当時目指していたものに自分が近付いてるのか、それとも離れていっているのか
考えることがあります。それはまだ可能性の沢山ある若人達から貰った
内省せよ、という課題なのかもしれない。

この歳になる前も考えてきたことだが、フツ~って何だ?
普通に生きる事がどれだけ大変か、
普通=平凡でツマラナイと考える今のご時世に違和感を感じる。
今を一生懸命、ワクワクしながら生きることが出来る事がその人らしさのヒントだし
本来個性やらしさなんてものを考える事自体、不毛な気もする。
らしさ、は自分ではない他人が与えるものだし
地に足つけて毎日自分に、或いは何かにワクワクしながら毎日を送る事が出来ていれば
そこに不随してくるものであって、[私は特別なんだ]みたいな選民思考を開けっ広げな持ち主は
リアルの世界でも散々辟易させられる。
自分を知る事こそ地に足をつけるという事で、なんとそれの出来ていない大人の多い事か。
ありがちな人過ぎて、一瞥をくれてやって無視したいくらいだ。
自分に出来る特別な事を夢見ることは私もやめないよ、
でも人とは違うんだ、と他人を見下しながら生きて行くならそんな人間の度量なんてつくづく知れたもんだ。

大事な人もこうして自分に出来る特別なものを模索しながら今を必死で生きてるんだろうな。

ふと、書きたくなりました。
何の指標もない自由な世の中で何を夢見て生きて行くのか、
色んな人に会ってきたからこそおもう。
みんな普通の道を拒んで、何かを成し遂げたいと思っていること。
それはただの自己顕示欲なのか、それとも本当にHungryな精神がその人を
突き動かしているのか。私の若いときは前者だったようにおもいます。
今は...?ちょっと大人になってこの歌が身にしみた今日この頃。


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デタラメな夢を 好き勝手ばらまいて
オモチャにして いつまでも遊んでいた
「見え透いた明日が 一番くだらない」と
はしゃぎながら 気ままに生きたあの頃
Ah…せめてボクたちが 一度背を向けたら
二度とは戻れない場所なんだと 知ってたら
ハンパな夢のひとカケラが
不意に誰かを傷つけていく
臆病なボクたちは 目を閉じて離れた
キミに言いそびれたことが
ポケットの中にまだ残ってる
指先にふれては 感じる
懐かしい痛みが
何かに近づくために歩いたのか
遠ざかるためにただ歩いてくのか
Ah… あの時のことも あれからのことも
間違ってなかったのか
ホントはまだ知らない
強がるわけじゃないんだけど
立ち止まっちゃいけない気はしてる
想い出のボクたちを 責める気はないから

キミが置いてったコトバだけ
ポケットの中で握りしめた
手のひらになじんだ感觸を
忘れたくないから
あれからキミはどう生きてるの?
変わったのかな…
キミが最後に詰めた
夢のカケラたちは今どうしてる? ボクは…
二度とは戻れない時代(とき なんだと
気づいた
ハンパな夢のひとカケラが
不意に誰かを傷つけていく
臆病なボクたちは 目を閉じて離れた
キミに言いそびれたことが
ポケットの中にまだ残ってる
指先にふれては 感じる
懐かしい痛みが
キミは今何してる?
月がボクたちを見ている
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