陽己君(中1)
山のこども〜真夜中の火祭り(中田喜直・平吉毅州)
ピアノソナタ第8番悲愴・第一楽章(ベートーヴェン)
4月から新中学生になり、ピアノもプチ男子部は卒業、めでたく男子部に進みました。
男子部デビューの曲は、ベートーヴェンの「悲愴第一楽章」です。ピアノボーイたちの憧れの曲、もちろん陽己君もそのひとり。意気揚々と楽譜を受け取りました。
ところがいざレッスンが始まると、ほとんど譜読みが行き届いていない状態…。
譜読みが得意で追い込みも得意?の陽己君、
まあ何とかなる…でギリギリ切り抜けてきた小6の1年間でしたが、この曲では当てが大きく外れてしまいました。
とはいえ、陽己君がただダラダラ怠けていたというわけではありません。
この一曲だけでもかなりのエネルギーが必要な上に、前回悠生君への講評で書いた兄弟連弾の万歳!大ギャロップが大きくのしかかっていました。
お兄ちゃん大・大好きな陽己君、去年はそのお兄ちゃんがテニスの試合で発表会に出られず、とても楽しみにしていた千本桜の連弾を急遽お母さんと演奏しました。
久しぶりの兄弟連弾、そのうえ曲はワクワクするほど楽しくてもうひと耳惚れ
ところがこの曲、右のパートがかなり難しいのです。
流れはすぐに覚えて、おうちでも鼻歌で歌うほどでしたが、細かい部分練習の方がなかなか進みません。
テーマ演奏の二曲、これは以前サロンコンサートで披露した曲ですが、こちらのブラッシュアップも停滞気味…
そんな調子で始まった取り組み、お母さまにはハラハラドキドキのマイペースな練習ぶりでも、
ベートーヴェンは磨き上げにしっかり時間が取れるペースで譜読みができてきました。
先生としても彼の負担を充分承知だったので、
忍耐強く励ましながらレッスンを続けていきました。
ところが本番まで2ヶ月を切った4月9日のレッスン日。
それまで積み上げてきた練習をすべてダメにしただけでなく、教室のルール、発表会のルールを破るようなぞんざいな弾き方、
練習不足から目を逸らすフラフラ、ヘラヘラした態度に、とうとう先生の本気の雷が落ちました。
演奏は途中で打ち切られ、楽譜を目の前から取り上げられて、
君はこの曲をなめてる!ピアノをなめてる!
いったい何を弾いているかわかっているの!?
これで舞台に立つつもりですか!!
教室のルール、それは
自分の手に受け取った作曲家と作品に敬意を持ち、大切にすること。
素直な心で練習し、演奏すること。
発表会のルール、それは
曲を軽んじ、練習を軽んじた人は、
懸命に練習を重ねた人たちと同じ舞台に立てない。
今この時になってこれでは、実際問題として本番にはとても出せない…
このままでは変更して来年に持ち越すか…
先生の苦渋の思案に、いつものけろりとした調子でうん!と言った途端…
君にそれを決める権利はない!
来年君がここにいるかどうかはわからない!
いつも、どんなに叱られても、
は〜いとさほどこたえないフリができていた彼も、これには心臓が飛び出すほどのショックを受けて、今の自分に直面せざるを得なくなりました。
とにかくベートーヴェンは打ち切り。
連弾をやってみなさい。
後ろで凍りついていたお兄ちゃんと弾き始めましたが…
ギクシャクぶりにふと顔を見たら、涙がぼろぼろ、しゃくりあげて泣いて、演奏もぼろぼろに…。
陽己さん、泣いたってピアノは弾けませんよ、
しっかり集中してください!
…閑話休題。
やれやれ、先生は女子部は甘やかして、男子部ばかりをコテンパンにしてしょっちゅう泣かせてる?
とんでもない。女子部だって叱る時は同じように猛然と叱ります。
ひなのちゃん、ここちゃん、みゆちゃん、しーちゃん、あいちゃん…
でも女子部は先生の前では泣きません。
ぐーっと鍵盤をにらんで、ものすごい闘志で我慢してる笑。
だから男子部と切磋琢磨して上達していける。
どんな大曲、難曲も肩を並べて弾きこなしていけるのです。
さて、連弾は先生の切り替えに引っ張られて何とかレッスンを終えました。
レッスンノートには、テーマ演奏と連弾のみ。
ベートーヴェンはなし、です。
続くレッスンはお兄ちゃん悠生君ですが、
これまた大・大の弟想い…。
自分が叱られたようにオロオロして、曲はフラフラになって、まったくこの日は兄弟そろって厄災の日になってしまいました。
そして先生は?
1週間、悩み続けました。
過去の発表会の曲、練習意欲なしにつきお取上げなら、すぐに差し替えの曲を探して、お母さまに連絡して、必要ならば面談の日を決めて…なのですが、
会まで2ヶ月弱で差し替えは無理、何より全く弾けていないわけでははなく、最後までとりあえず通奏はできているわけです。
では何が原因でこうなったか、
今何が彼の壁になっているのか。
一言でいえば男子特有の幼さです。
曲との向き合い方、ピアノとの向き合い方が習い始めた頃からほとんど変わっていない、そこからの一歩脱却を今求められているのです。
彼の一番の課題点、雑さは、つまり自分の課題を直視することを避けようとする幼さの表れのひとつです。
繊細でひたむき、そして美しいものを追う感受性が強い彼の良い個性が、半ば照れ隠しのようなガード、幼い行動パターンで埋もれてしまう。
悠生より自分の方がオトナだ、という彼。
これを放置したら、この先は自分の弱さを皮肉な強がりでプイとかわす癖に傾いてしまいます。
ここで対決してもらわなくてはなりません。
果たしてどうするか…
やはり今年は持ち越しにして、きっちり作り上げたものを出す方が彼にとってよいとは考えましたが、逆効果になることも…
結局お母さまには連絡をしないまま、まず本人の気持ちを確認することにしました。
翌週、明らかにしょんぼりモードで入室し、先生と目を合わすのもビクビク…の彼に、
レッスンの後、内心ベートーヴェンはなし、テーマ演奏と連弾のみ…の答を持ちつつ、尋ねてみました。
陽己君、ベートーヴェンを改めてどうしようと思いますか?
……めちゃめちゃ練習した…。
?練習してきたの?
…
今日は宿題ではなかったのに?
……一応…だけど…
いいでしょう、では聴いてあげるから弾いてごらん。
結果は…合格。
やっと曲と自分をしっかり繋ぐ気になったね。
今までならこんな彼への常套句、
叱られる前に小分けにしてやりなさーい
なのですが…
聴きながらこの時ばかりは、手放したくない一心、必死で曲にしがみつくようなひたむきな演奏と音色に、
この子が私の心の中のこの子でいてくれてよかった…
と深く安堵しました。
演奏を聴き終えて、1週間でここまで立て直してきたのはたいしたものだ、これはソロとして残そうと伝えました。
そして、
君は先週、来年はここにいるかどうかわからないと言われて飛び上がったね。
君たちは先生の最終決断のことを知っているから、自分もそうなると思ったんでしょう。
でもそれは違うよ。
先週の君の演奏。曲を、レッスンを受けることをこんな風に雑駁に扱う人は、中学に進んだ頃には簡単にピアノをやめてしまう。
特に大切なものでもない、自分にとって別にどうでもいいものにしかできなかったから、部活が忙しい、塾が大変…どんな理由であれ、あっさりさよならできる。
君の演奏は、いつ「やめまーす」でも驚かない弾き方だった。
だから、これからもこの曲が弾きたい!と思うなら、あんな弾き方をしちゃいけない。
そしてもうひとつ。
君はミスするたびに独り言を言ってたね。
まるでひとりでおもちゃを組み立てている時みたいに。
あ、違うか。
あれ?
えーっと、ここはこうで…
先生に君の心の中はわからない。
これが本当に独り言なのかは。
でも先生は、
生徒がこれをやる時は、練習していないことを「軽いこと」にすり替えてようとしている、
自分と先生をごまかしていると受け取る。
これが的外れな誤解かどうかは君がよく知っているね。
弾いている時にこれはやめよう。
特にレッスンの時は。
どのお話も、素直に聞いてうなづいてくれました。
この大変な2週間が過ぎ、5月の始めに入った頃、
序奏、重厚な和音にまっしぐらに重力をかけて、しっかり内側までえぐった深くシャープな響きを作ってきました。
一音一音をよく聴いて、響きから耳を離さず、注意深く打ち込んで作り上げる音です。
ここではじめて、悲愴らしくなったね!とほめられました。
細かいパッセージも磨き上げて、本番では繊細さと緊張感もよく出せました。
しかし長い悲愴との旅はここで時間切れ。
続くアレグロの主題以降は音色や響きの作り込みにまでは至らずでしたが、精一杯丁寧に、正確に弾くことを心がけたこととして、大善戦できたと思います。
そして連弾。これももつれにもつれ、得意な運指も苦し紛れの我流でテンポを上げた頃には崩れ出し…
最後の最後までハラハラさせられましたが、直前には完成させられました。
陽己君、ピアノって大変だと思ったかな?
そう、丁寧に完成させようとしたら、確かにとても大変なんだよ。
でもその一音もおろそかにしないできっちり作った土台の上にこそ、君がこんな風に弾きたいと思う音楽は立ち上がる。
ちょっと荒っぽいけど、まあいいや
ちょっとミス多いけど、まあそこそこかな〜
は、もう小学校と一緒に卒業。
これからは一曲ずつが真剣勝負。
最後のレッスンの日にもらった新曲は、
おうちの名曲集に入ってる曲。←おーにしブラザーズのバイブル
しかも楽譜はテンション高めの全音ピアノピース。←彼のコレクション
今、目の前のこの一曲、どこまで完成レベルを上げられるか、自分を試してごらん。
これからの曲はやるおスイッチ全開にしたら、
何曲分もの進歩と成長が得られるよ
おじいちゃんからのご褒美プレゼントはアスパラガス、
おばあちゃんからは特製手作りコロッケ♪お腹いっぱい食べたかな?