11月3日(火)文化の日

 

前日の雨模様から一転、快晴となったこの日、母と私は、知り合いのパン屋さんが企画された、ワンデイショップにロールケーキ屋さんとして参加した。

 

前日から、母をうちの家に泊めると、朝、出かける場合は非常に楽だということを、前回のラプレ訪問の時に気が付いたので、今回も、母を泊まってもらうことにした。

 

私の自宅に着くと、母はまず、キッチンの洗い物をしてくれるのが常なのだが、この日、キッチンには、私が焼いたろーつケーキの生地が冷ましてあった。

 

見ればわかると思っていた。

しかし、頭の片隅には、もしかして、わからなくて、この生地の上に何か、乗せたりするかも?とよぎらないでもなかった。

 

母は、乾いている食器類を乾燥棚から一旦、キッチンの作業台に置く。食器類をどこに収納するかわからないので、いつもそこによけるのだ。

しかし、この日は、そこにケーキ生地を置き、あら熱を取っていた。

 

これから、生クリームを泡立てて、フルーツを並べ、巻くのだ。

 

母は、生地をみて、それがケーキ生地だということはわからず、

これなんや?と言わんばかりにスポンジ生地の端をつかみ、持ち上げ裏を見る行動をとった。ぞんざいに扱うとはこのことである。

首を傾げ、これが、なんだかわからなかったようだった。

 

あぶないあぶない。

 

私は、何も言わず、ケーキ生地を丁重に別の場所に移動させた。

 

できるなら、この後、母と共にロールケーキの仕上げをしたいと思った。しかし、少し間があると、帰りたい病を発症する恐れがあるため、早々に2階に上がってもらい、娘に、ばあちゃんを託した。

 

朝になってからが、大変であった。

リハビリなどの病院に行くのは、ある意味慣れており、リハビリに行く、病院に行くということはすぐ忘れても、それを聞いた時の反応は、ある程度安定している。

 

ところが、今日はどこ行くんやったかな?何月何日かな?のエンドレス質問の答えが、今日は、「ロールケーキを売りに行く」となると、途端に、

なんで?ロールケーキ?

あんたが作ったん?

どこに?なんで?と質問が増える。

 

それで、例のごとく、紙に太いマジックで、書く。

 

11月3日(火)

今日は、○○で

ロールケーキを

売りに行きます

 

 

 

○○でという、土地名を必ず必要とする。

 

これを、机の上に貼って、それを見るように言いながら、私は、出店の準備を始める。

しかし、エンドレス質問の勢いが止まらない。

火曜日ということで、いつもならデイサービスに行くのに、休む連絡はしてくれたのか?とか、なんで、行くのか?とか、いつもよりも激しい。

これは、待ちの時間を与えることがいけないのだと気が付き、掃除機をかけてもらうことにした。すると、それに専念してくれるので質問は受けなくて済む。

 

準備が終わり、いよいよ出発という段階になり、私はメモを母の首からぶら下げることにした。

「これをいつも見てや」

車に乗り込んで出発しても、エンドレス質問は終わらなかった。

メモを見て!と言っているが、それを忘れるのだ。

 

少しでも、母の脳の活性化につながれば・・・と思って一緒に参加することにしたけど、この質問の嵐、あまり、普段と違うことをしないほうがいいということかな?と思い始める。

 

自宅から現地まで、それほど遠くはないが、母は、質問を繰り返し続けた。現地に着いたら、道具を車から出したりするのを手伝ってくれた。

見ると、母の首からぶら下げていたメモは、車に置いてきたようだ。

ぶら下げておくのは恥ずかしいという気持ちがあるのか?と思った。まあ、それなら、仕方がない。

 

開店の時間となったときにはおかげさまで、たくさんの人が来てくださったので、母に、ケーキの材料の紹介のチラシを半分に折って!というと、ずっとその作業をしてくれた。

 

早い時間に売り切れて、私は、足を運んでくれた知り合いと会話をしていたのだが、母は、特にすることもなく、暇を持て余すという形になってしまった。やっぱり、連れてこないほうが良かったのか?かわいそうなことをしたなぁと思っていた。

 

認知症になる前の母のことを知ってくれている知り合いが来てくれ、この日の母を、驚くほど穏やかな顔になっていたと、あとで教えてくれた。

きつくなるのではなく、穏やかになっているなら、よかったなと思った。

 

昼は、隣のブースで売られていたスープとパンを買って、二人で食べた。お日様の下で、パンランチ。今日ぐらいパン食べてもいいだろう。母は、おいしいと、私の分まで食べた。

そして、こういった。

「何しに来たん?ここに」

ロールケーキを販売したこと、チラシを折るのを手伝ってくれたこと。何もかも、もう、ここにはない。そう、過去のことは、もう、消えてなくなる。

 

片づけをし、車に乗り込んだ。片づけるものも、朝、車から出したが、そのことを覚えていないので、「これはあんたのか?」と聞きながら、片づけるのを手伝ってくれた。

 

お世話になった皆さんに挨拶をして、車を発進させた。

発進させると、また、始まった。

「今日は、どこへ行ったん?」

 

おわり。